「ホントに良かったの?」
レイの控え目な言葉。
「何言ってんのよ。あったりまえでしょ」
いつも通りの強気なアスカ。
その日は快晴の日曜日。
彼らは第三新東京市の郊外にある一大テーマーパークの中にいた。
暖かい日差しは春の様な陽気を演出し、身も心も軽い。
「さ、行くわよ。レイ」
「あ、待ってよ、アスカ」
二人は売店で買った飲み物を抱えて走った。
園内に幾つも設置された軽食スタンドの一つにシンジたちがいるはずだった。
「アスカ、レイ、こっちこっち」
シンジの声に視線を巡らすと、丸テーブルに座って手を振っているシンジが見えた。
その左右にカヲルとミズホ。
ちょっとだけムッとしながら近寄っていく。
ファーストフードの固まりがテーブルに小さな山を作っていた。
レイと一緒にイスに座って、ジュースのカップを置く。
「ごくろうさまですぅ」
ミズホが二人を迎えた。
「さ、食べようよ」
シンジの声に素直に従うことにして、四人の少年少女は手近なハンバーガーを手に取った。
今日は快晴の日曜日。
二人っきりのデートには最適な一日だったろう。
でも、それ以上にこのメンバーでなら最高の一日になりそうだった。
あの日、飛び出していったアスカをシンジが連れ帰ったあの日。
レイはアスカに声を掛けることができなかった。
ミズホもレイの横でしゅんとなっていた。
自分たちの無神経さがイヤになった。アスカがどれほどつらいのか、考えてあげることもできなかった。
マンションに帰ってきたアスカに、なんとか謝りたくて、精一杯言葉を考えた。
「あ、あのね、アスカ。ごめん、ごめんね」
だが、出てきたのはそれだけだった。
「アスカさん、ごめんなさい」
ミズホも小さくそう云うのが精一杯だった。
その二人にアスカが近づく。
「なーに言ってんのよ。二人とも」
陽気なアスカの声。
「まったく、このわたしがあーんな事でどうにかなるとでも思ってんの。ちょっち驚かせただけよ。ぜーーーーーんぜん、何ともないんだから」
アスカは笑っていた。
強がりも嫌味もない。いつものきれいな微笑みだった。
「アスカ・・・」
レイの視界が潤む。
「さ、今度の日曜日は遊園地よ。ちゃーんと予定空けといてね。みんなで行くんだから」
「え、でも・・・」
ミズホが大きな瞳を大きく見開いた。
「そうでしょ、シンジ」
それまで何も言わなかったシンジが、うん、と元気よくうなずいた。
「シンジがね、みんなと一緒じゃなきゃやだって、ダダこねるのよ」
意地わるーーーく微笑んでから、レイとミズホに向き直る。
「だからさ、一緒に行ってくれる。お願い」
アスカの言葉には魔法が掛かっていた。
レイもミズホも、そしてシンジもその言葉に込められた想いを理解することが出来た。
アスカの微笑みは、実にたやすく、そしてあたたかく心に染み渡っていった。
テーマパーク内には総数32のアトラクションがある。
絶叫系のコースター類やのんびりとした観覧車といったオーソドックスなモノから、最新のバーチャルリアリティーを使用した体験アトラクションも多い。
アスカ達が特に目の色を変えたのは、屋内体験系アトラクション「闇の館」。
不気味な館で起きた殺人事件をカップルで解きあかすという人気のアトラクションで、終了時に二人の相性占いをやってくれるのだ。
シンジはこのアトラクションを連続3回、付き合わされた。
カヲルも参加しようとしたが、美少女三人に撃破された。
ちなみに誰が一番相性が高かったか、は秘密。
レイもアスカもミズホも決してその結果を公表しようとはしなかったからだ。
そして午後も4時を回る頃には園内の半分以上のアトラクションを制覇していた。
シンジは疲れた様子だが、他全員は元気そのものだ。
「次、アレ行くわよ」
アスカの指さした先にはこのテーマパークの目玉、超弩級のジェットコースターがあった。
最大高低差77メートル、最大斜度77度、冗談のようなジェットコースターだ。
超弩級7777コースター。付いたあだ名は「昇天コースター」。
いろいろとイヤなことが忘れられる、というお得な絶叫コースターだ。
ファンも多い。
もちろんそれ以上に見ただけで逃げ出すモノも多い。
全長5キロ。
最高スピードは150キロを超える。
途中二回のループを織りまぜ、内蔵がひきつるほどの快感を与えてくれる、というコピーは既に正気の沙汰とも思えない。
「あ、あれに乗るの・・・・・・ホントに?」
シンジは声まで蒼白だ。
「もちよ、異存はないわね」
輝く瞳でアスカが宣言した。
「うん、」
「おもしろそーですぅー」
「そうだね、いいかもしれない」
「よし、決まり」
シンジの意見はここでも聞かれなかった。
「ぼ、ぼくは・・・・・・」
「さ、行くわよ」
アスカがシンジの右腕を掴んだ。
「さ、シンちゃん、行こう!」
レイが左腕を掴む。
「え、ちょっと、待って、あ、ぼ、ぼくは、いいから、」
シンジはその手を振りほどこうとしたが、がっしりと固められていてびくともしない。
「何言ってるの、あんた男でしょ」
「か、かんけいないだろ、ぼ、ぼくはこういうのは、その、ちょっと」
「さ、シンジ様、一度乗ればきっとおもしろさに気がつきますわ」
ミズホがシンジの背中を押す。
「わぁ、待ってよ、そんな」
「さあ、シンジくん。僕らと楽しもうね」
カヲルの笑顔。
「そ、そ、そ、そ、そ、そんな・・・・・う・・・ううう・・・・うううわうわうわぁ・・・・・・・・・うううううううううわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
少年の叫びは春のような陽気な空にむなしくこだましていくのだった。
ちなみに碇シンジがその後30分間、自分の過去を思いだせなかった事を追記しておく。
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