219号の内容
改修工事 |
作業所にしおぎ館は、新しい活動の準備のために店舗改修工事に入ります。壁や天井、トイレの増築、多目的るーむや仕事しやすい環境、相談室などを充実する工事です。その間は一時、活動の拠点を移して日中活動を続けます。その間メンバーの皆さんが出来るだけ通えるように職員とメンバーが力を合わせ、バラバラになったり、孤独になったり、不安になったりしないよう創意工夫しましょう。 * 大規模な工事になります。「期間は概ね1ヶ月」ということですが、完成は3月中旬になるでしょう。 皆さん、積極的な意見、要望を。 |
自分の命の主人公になれる社会に |
にしおぎ館は、¥今から17年前(1995年)、阪神淡路大震災の年の5月に西荻北4丁目の小さな店舗から活動を開始しました。「老人が独りでも立ち寄って、好みに合った食事が出来る食堂のような福祉ステーション」それが吉田さんの夢でした。吉田さんは、住み込みヘルパーで生計を立て始めていた私が地域で自立して働けるようにと、自分の店舗を食堂に改装して提供してくれたのでした。 吉田さんはその夏急逝。店舗は遺族から立ち退きを申し立てられました。その後ボランティア論を唱える人たちとの運営方針の違い。独りで粉砕していた私を助けてくれた地域の女性たち、何よりも「精神障害」を抱える仲間たちとの出会い。17年とは決して短い月日ではありません。「継続が力」とも言います。 思えば「産直で手作りの福祉ステーション」の維持のため、制度や福祉施策に振り回されることなく、ここを必要とする人たちと共に日々活動を続けてきたと言えます。 4月1日からの「変化」(法内施設への移行)も今までと同様です。にしおぎ館は地域に掘り当てた井戸でありその必要なますます切実と言えます。昨年の東日本大震災から1年になろうとしています。何も解決していないのです。もう誰にも泣かせられないのです。自分たちの生活、自分たちの社会、そして自分自身の命の主人公に、自分自身がなっていくこと、そんな社会に作り変えることが必要です。 _____________________ 肥田舜太郎さん 日本人は人間として生まれてきて「自分の命の主人公」になっていない。「勤め先に言われたからしょうがない」「行かなければ飛ばされる」と言って、職場の言うとおりになる。「夜中の12時まで働け」みたいなことを押し付けられた時に、「自分の命の主人公」なら、「それはダメです。私の命の方が大事です」と言える人間でなければ本当はダメなんです。言わなきゃいけないのに言えない。要するに、自分の命よりもこっち(金)の方が大事、という世の中に生かされている。これを変えなければダメ。それには政府も変える。大企業も変える。中小企業が今の働き方以外でもちゃんとまともな商売がしていけるように世の中を変える。そうしなければ、本当は皆さんの命は守れない。・・・・・・・ やっぱり、まともに食事をとって、まともな労働をして、体に一番必要なそれぞれの時間を自分がコントロールして生きられる、という世の中をつくらないとダメです。・・・こんな世の中にしたのは、せいぜいこの100年位です。100年くらいの間に大事なことをみんな忘れて、間違ったことばっかりやってきた。ここから直す。余計なもの、とりわけ核兵器と原発は全部止めさせる。あんなものは必要がない。悪いことだけだ。そう思って、明日から頑張って下さい。 一番の敵は、放射能の内部被爆です。これは誰も診て教えてくれる人がいない。医者も「あんた具合悪いよ」と言ってくれません。日本中の医者は、アメリカと日本政府の影響で、誰も被爆者に暖かい手を差し伸べなかった。そのために、寄り添ってくれる医者もいない社会で、被爆者は野垂れ死にしてきた。 下手をすると、福島の子どもたちも親も同じ状態になります。今の若い医者は何も知らない。仮に誰か内部被爆に明るい人が「これはどうも原発の放射能のせいだ」と一言言えば、その医者は袋叩きにあう。「お前、そんなに言うなら証拠を出してみろ」と。証拠の出しようがない。悪いもそうでないも、どっちも証明できないのが放射能なのです。 そうである限り、そんな危険なものが漏れ出てきては困るから、原発は止める。これしかない。(昨年12月11日、埼玉での講演より) |
宿泊旅行は「コニファーいわびつ」へ |
2月8、9,10の旅行、行き先はコニファーいわびつ 杉並区が設立した群馬のログハウス&レクリエーション施設です。 |