〜序幕〜 黄昏に響く笛





 宮田 浩二は走っていた。
 コンクリートで護岸された夕暮れの河辺を、いつ果てるともなく。
 色濃い黄昏に染まった世界に、足音だけが響く。彼自身の、そして――
 残っているのは俺を含めて何人だろう?
 ちらりと後ろを振り返る。すぐ10メートルほど後ろを、本木と矢島が走ってくるのが見えた。二人とも一様に、恐怖に顔を引きつらせて。
「コウジっ!――シュウがっ、シュウがっ――!」
 叫んだのは、本木のほうだった。陽にやけた顔に、長めの茶髪。いつもはにやけた笑みが似合う甘目の顔は、涙と鼻水で台無しになっている。
 もっとも、それはおそらく自分にしても同じはずだった。
 本木の叫びの意味は判っている。振り向いた瞬間、彼らの肩の向こうに見えたから。見えてしまったから。
 自分達が走ってきた道の後方――コンクリートの上に倒れた、オレンジのTシャツ姿。
 河西 修一だ。これでまた一人減った。
 浩二は視線を戻した。
 隅田川の河岸を固めた遊歩道。右手には夕日を照り返す川面が、その向こうには墨田区のリバーサイドビル群が見える。その全てが赤いセロファンを通したかのように、黄昏に染まっていた。
 浩二は走りつづける。足はもつれ、息などとうにあがっていた。高校のマラソンの授業など一回も出たことはないし、中学のときからの煙草のせいで持久力は極端に落ちているのだ。
 遊歩道はどこまでも続いていた。前方に見える東武東上線の鉄橋は、いつまでたっても近づいてこない。
 ――助けてくれよっ……誰かっ!
 涙で視界がにじむ。
 大声で叫んでも無駄なのはわかっていた。先程から何度声を発しても、聞きつけるものはいなかった。
 そう。まだ夕暮れであるにもかかわらず、あたりには人の姿がまったく見うけられない。まるでこの周囲だけが、世界と隔絶されてしまったかのように。
 なんで――なんでこんなことになっちまったんだろう。
 半ば麻痺した頭の片隅で、浩二は呟いた。

 
 浅草は、新たに開拓したお気に入りの遊び場だった。
 ホームグラウンドの渋谷は、少しばかり飽きが来ていた。高校から離れていないので、何かことを起こせば顔も割れる。
 そんな浩二たちにとって、地下鉄一本で出られしかも適度に地元から離れた浅草はうってつけだったのだ。
 適当な場所で着替えて制服をコインロッカーに放り込めば、もう学校も知れるおそれはない。渋谷のように通りごとの縄張りがあるわけでもないから、やり放題だ。
 地元の中学生から金を巻きあげようが、どこその飼い猫をカッターで刻もうが――ヤバくなったら、地下鉄で逃げ帰ればいいだけの話だった。
 俺たち、まるで未開の地を歩きまわる文明人だな。
 そんなふうに思っていた。
 中でも最近かっこうの「遊び相手」は、隅田川近くにテントを並べている路上生活者たちだ。道行くサラリーマンとは違って、囲んで少しばかり殴る蹴るしたところで警察ざたにはならない。
「あいつら勝手に――なんだっけ、えっと、オオヤケの土地に住んでんだもんな。片っ端から片付けてりゃそのうち俺ら、東京都から表彰されるかも知れないぜ」
 ――いつだって、浩二たちは狩人だった。
 匿名という衣に身を包み、好き放題にハンティングを行う狩人だった。
 考えてもみなかったのだ。
自分達が、狩られる側に回るときが来ようなどとは――


 最初に倒れたのは、川島だった。
 地下鉄銀座線の地上口を出て、近くのファーストフードで食事。隅田川の河辺に降り、時間も早いが今日も「狩り」を始めようかというちょうどそのとき――何の前触れもなく、彼はコンクリートの上にくずおれたのだ。
 当然ながら、他の七人は冗談だと思った。
「ぎゃはは、何やってんだよこいつ――」
 溝口が笑いながら、かがんで川島の顔を覗(のぞ)き込んだ。
 だが。
 その溝口の背中は一瞬、びくん! と震え――糸の切れた操り人形を思わせる動きで、川島の上に折り重なって倒れた。
 彼らの笑いが、軽い不審の沈黙にとってかわる。
「――ざけてんじゃねえよ。ホモかお前ら」
 浩二は溝口のわき腹を、靴先で蹴った。反応はない。
「おい――」
 足に力をこめると、痩せた溝口の身体はごろんと転がった。川島と溝口、二人はちょうど仰向けに横に並ぶ形になる。
 ――その顔に浮かんだ表情に、彼らは思わず凍りついた。グループの中ではいちばん度胸が座っている浩二でさえ、思わず小さく息を呑んだほどだ。
 正確に言えば、それは表情などと呼ぶべきものではなかった。虚ろに宙にさまよった瞳と、半開きの唇。弛緩(しかん)したその顔からは、血の気というものが完全に抜け落ちていた。
 瞬時、二人の顔を見た全員が同じことを思っただろう。
「……死んでる……」
 ピアスを通した唇を震わせて、矢島が七人の驚愕(きょうがく)と恐怖を代弁する。
 それが――パニックのひきがねになった。
「し、死んでるよぉっ!」
「冗談じゃねえ、なんでこんな――!」
「――落ち着けっ!」
 いまにも泣き叫びだしそうな仲間を、浩二は鋭い声で一喝した。
 恐慌がぴたりと凍りつく。だが浩二とて、胸に渦巻く動揺はほかの六人と大差なかった。だから――怒鳴りつけたはいいが、次の言葉を継ぐことはできなかった。
 張りつめた沈黙の中で、恐怖だけが着実に膨らんでいく。
「きゅ――救急車呼ばなくっちゃ――それにお巡りさん――」
 口を開いたのは的場 淳だった。普段は『お巡り』だの『ポリ公』だのと言っている警官のことを彼は敬称で呼んだが、それを笑うものは誰もいなかった。
「そ――そうだよな。確か橋んとこに交番が――」
 新城 明夫がうわずった声とともにうなずき、力なく歩きはじめる。数歩を行ったところでふと立ちどまり、ちいさく一度肩を震わせた。そして――
「……明夫?」
 本木がかすれた呟きを発するのと、ほとんど同時だった。新城がかくんと地面に膝をつき、そのまま前のめりにくずおれるのは。
 うつぶせになった身体は暮れゆく夕陽を浴びたまま、もはやぴくりとも動かない。
 ――――。
 誰がいつ叫びだしてもおかしくない――薄氷のような沈黙が再び場を覆う。
 黄昏の色に染めあげられた、凶々しい静寂。それを破ったのは、誰かの声ではなかった。
 ……しゅるっ……るるるるる……
 どこからだろう。その音は微かに、だがはっきりと浩二たちの耳に届いた。
 何かをこすりあわせるような、何かをひきずるような乾いた音。
 ……しゅ……しゅるる……しゅ……るるるるる!
 一つではない。数を増しながら、絡みあいながら――だんだんとこちらに近づいてくる。
 パニックの先陣をきったのは小野寺だった。
「――うあぁああああああああああっ!」
 肺の空気を残らず絞り出すような絶叫とともに、彼はその場に背を向けて走り出す。
「あ――」
「おい、待てよっ!」
 その背にかけられた言葉は、むろん制止ではない。「俺たちを置いていかないでくれ」という非難の声だ。
 彼らは我先とばかりに小野寺の後を追った。
 今度ばかりは、浩二もそれに倣(なら)うほかない。地を這って近づいてくるあの音。この場にとどまっていては危険だと、本能的な恐怖が警鐘(けいしょう)を鳴らしていた。
 後には倒れた三人の身体だけが残される。すべてを紅く染めあげる夕陽の下、まるで何かのオブジェのように。
 そして――「狩り」は始まった。

 ひゅるひゅると、喉の奥で乾いた息が渦巻く。足ももう、今にも膝の間接が外れそうだ。
 額から流れる汗が目に入り、視界をにじませている。
 畜生。短く呟いて、袖で汗を拭う。ようやく明瞭さを取り戻した世界は、先程よりもなお茜の色を深めていた。
 人の気配はない。永遠の黄昏を描いた絵の中に、いつのまにか迷い込んでしまったかのようだ。
 肺と足に限界が来た。倒れ込みそうになりながら立ちどまると、汗が思い出したかのように吹きだした。
 後ろからすぐに、足音が近づいてくる。本木と矢島か。いや違う。足音はひとつだけだ。
「気持ち悪りぃ――もう、走れねえよっ」
 泣きだしそうな声とともに、矢島が浩二の横に立ち止まった。顔は紅潮を通り越して血の気が引き、ピアスを通した唇は紫色になっている。
「なんなんだよっ、ちくしょうっ! 本木が――本木まで――」
 震える矢島の声に、浩二は今まで走ってきた道を振り返った。すぐ近くに倒れているのが本木、その向こうが小野寺、距離をおいて河西、的場――撤退中に背後から狙撃された敗残兵の屍のように、累々と並んだ身体。いずれにしても――
「……あとは、俺たちだけかよ」
 呟いた浩二の言葉に、矢島は顔を引きつらせた。掌(てのひら)で口を押さえて、小さく首を横に振る。
「なんでだよぉ……なあ、浩二ぃ――」
「あん?」
「何で人がいねぇんだよ、こんな時間に!」
 浩二は少し考えてから、吐き捨てた。
「知るか!」
 聞きたいのはこちらのほうだ。まだ夕陽がビルの狭間に見えているのに、川沿いの遊歩道に散歩者のひとりも見あたらないとは。
「ううっ、助けてくれよぉ、畜生、畜生っ――」
「――逃げねぇとあいつらと同じになるぜ」
 うずくまりそうになる矢島の襟首を、浩二は強引に掴みあげた。
 コンクリートの道の右手は隅田川、左は壁だ。向こうに見える階段まで行きつかなければ、土手に上がって逃げることもできない。
「ほら、置いてっちまうぞ馬鹿がっ!」
「んなこといったってよぉ――足が――」
 矢島は弱々しくかぶりを振り――そして、ふいに驚いたように目を見開いた。黙ったままでふらりと立ちあがり、階段の方向へ歩きはじめる。
「――矢島?」
「コウジ……何か、へんな音が聞こえねぇか……?」
「音?」
 音はさっきから聞こえている。あの、何かをひきずるような。
「違う――それじゃねえよ。あれ? 笛――笛の音だっ。誰かが笛吹いてるんだよっ」
 矢島の表情が、地獄で天使を見つけたかのように輝く。
「笛?」
 一瞬、彼の気がふれたのかと思った。笛の音など、耳に入らなかったからだ。
「まてよ、笛なんてどこにも――」
 言いかけて、しかし浩二は言葉を止めた。その刹那、確かに彼にも聞こえたからだ。夕風の中に途切れながら、かすれて響く高い笛の音を。
 旋律まではわからない。だが間違いなく、人の手によるものだ。
「マジだな……」
 浩二は矢島の横まで歩みよって、その音のでどころを探る。
「あっちの――方からだ」
 ここからは死角になって見えない土手の上。東武東上線陸橋下の階段を登ったあたりだ。
「人だよ――人がいるんだ!」
 矢島が歓喜の声をあげる。こればかりは浩二も同じ思いだった。
「ああ――行こうぜ」
「おおっ。へへっ、これで俺たち助か」

 
 声が、途切れた。

 
「――矢島?」
 呟いた浩二の背に、矢島の身体がもたれる。
「おいっ、ふざけんのは――」
 ずるり。肩にかかった手が、背中にもたれた頭が、ゆっくりと力を失い滑り落ちてゆく。
「やめろよ……」
 彼の身体がコンクリートの上に倒れる音が、やけにはっきりと耳に響いた。
「おいっ、矢島っ!!」
 沈黙。
「じょ、冗談じゃねえぞ……」
 浩二の歯が、がちがちと小刻みな音をたてる。メンバーの前だからこそ先程まで張っていた虚勢も、もはや跡形もなく崩れ去っていた。
 彼はもはやひとりだった。紅一色に染まった世界で、たったひとりの人間だった。
 笛の音が聞こえてくる。いまや、メロディーまでもはっきりと。
 子守り歌のようにも、はたまた遠い異国の旋律とも思える――どちらかといえばどこか不安を誘う曲調。
 だが浩二は、とりつかれたような足どりで階段に向かった。
 あの土手の上に人がいる。
あの土手の上に人がいる。
その呟きだけがただ、ひとかけらの光明となって彼の脳裏を廻っていた。
 
 
 新緑を茂らせた隅田公園の桜並木も、浅草の街並みも、みな一様に茜の海に沈んでいる。
 階段を昇り土手にあがっても、見渡す限り人の姿はなかった。
 ――そう、ただひとりを除いては。
 老人はベンチに腰を降ろし、流行く川を見つめたまま横笛を奏でていた。コートともマントともつかない黒い衣服を身にまとい、伸び放題の白髪を吹きつける風にさらして。
 気付いていないのか無視しているのか、浩二のほうを振り向く様子はない。
 不安げな旋律が夕風に流れる。
「おいっ――!」
 浩二は声をかけた。
 老人は応えない。視線ひとつ動かさず、笛を奏でつづけるばかりだ。
「おいっ! 聞いてんのかよじじいっ!」
 焦りをごまかすように、浩二はうわずった怒声をあげていた。
 なおも老人は応えない。まるでそこに浩二などいないかのように、黄昏に朗々とメロディーを響かせる。不安と恐怖が、浩二の中で発作的な怒りになって燃えあがった。
「てめえっ――!」
 思わず老人の胸ぐらを掴もうとした――その時だ。
 不意に、旋律が止んだ。
 黒衣の老人が、川面に向けていた視線を浩二の方に向ける。
 深い皺の刻まれた顔の中で、昏い輝きをたたえた双眸(そうぼう)――得体の知れぬ何かに気圧されて、浩二は動きを止めた。
「……やれやれ。最近の若いものは礼儀を知らぬというのは、本当じゃのう」
 老人が口を開く。しわがれたその声には、言葉とはうらはらに乾いた笑いの気配が感じられた。
 普段の浩二ならば、うるせえとばかりに蹴りつけているところだ。だか今回ばかりは勝手が違う。この老人が唯一の頼みなのだ。
「ひ――ひとが、死んでんだよっ」
「ほほう」
 ようやく紡いだ一言に、老人はこともなげにうなずいた。
「ほんとなんだ――そこで、俺の友達が――!」
「わかっておるよ」
 唇の端をつりあげて三日月型の笑みを浮かべると、老人はおもむろにベンチから立ちあがる。黒い衣と白い髪が、微かな風になびいた。
「急に倒れて動かなくなった――と言いたいのじゃろう?」
「――――」
 浩二は絶句した。
 そうだ。その通りだ。だが――なぜこの老人がそれを知っている? 第一、知っていながらにしてこの落ち着きようは何だ?
「懸念することはない。死んではおらぬよ」
 呆然と立ち尽くしたままの浩二に、老人は細めた眼を向ける。
「……何だって……?」
「眠っているだけじゃて。毒は弱めてあるからの。仮死状態――というのかな、最近の言葉では」
 くくっ、という押し殺した笑い声が、老人の喉から洩れた。
「……もっとも、いつ目覚めるかはわしの一存じゃが」
「――――」
 その言葉の意味するところを理解するのには、数秒かかった。
 眼を見開いて、浩二は老人の姿を見つめる。赤く溶け落ちんとする夕陽を背に、黒衣をまとったその姿はまがまがしい影絵となって浮かびあがっていた。
 くくっ……くくくくくっ。
 彼は――この惨劇の主を名乗る老人は、背を丸めて低い笑いを洩らす。その声に混じって、地をはうようなあの音が再び浩二の耳に届いた。
「こ――この野郎っ――っ!」
 半ば恐怖に背をおされて、浩二は老人に踊りかかった。踊りかかろうとした。
 だが次の瞬間、彼の身体は老人の足元にうつぶせに倒れこんでいた。
 何かが彼の足を地面に縫いとめたのだ。
「……くっ……」 
 浩二は身を起こす。できなかった。腕を、肩を地面に押さえつける力があった。
 思わず目を向け――そして浩二は絶叫をあげる。
 彼は見た。自分の身体を押さえるものが何なのか。彼は知った。先程から聞こえる、地を這う音の正体を。そしておそらく、グループのメンバーを次々と襲ったものを。
 ――蛇だった。黒い身体を持った、無数の蛇。
 一匹一匹はさほど大きくない。だがその数――千匹はくだるまい。
 いつのまにか地面にひしめいたそれは、魚を捕らえるイソギンチャクのように彼の全身に絡みついてくる。
「――先程も言ったように、お前の友達は死んではおらぬよ。じゃが――」
 老人はぞっとするような笑みをもって浩二を見下ろした。
「可哀想じゃがお前は別じゃのう。わしの姿を見てしまったのじゃから」
「――た……助けてくれよぉっ――嫌――嫌だっ!!」
 悲鳴とともにのたうちまわる浩二に老人はふと目を細め、かがみ込んで顔を近づけた。
「……助かりたいかの?」
「――ううっ――あ、ああっ」
 浩二は必死でうなずいた。その間にも、蛇の一匹が彼の首をゆるやかに締めあげはじめる。
「ならば、わしと取り引きをせぬか」
「と――うああっ!――取り引きっ!?」
「そう――取り引きじゃ。わしはこやつらの餌が調達したくての。お前の友達の身体を持ちかえりたいのじゃよ。
 そこでじゃ。お前がもしもわしのことを誰にも洩らさず、あやつらは川に落ちたとなり何なり嘘をついてくれるならば――お前ひとりの命は助けよう。どうじゃ?」
 老人の言葉に、浩二は即座に首を縦に振った。あいつらとは、たまたまつるんでいただけだ。差し出しただけで命が助かるなら安いものだった。
「ふむ」
 老人は満足げに呟くと、ゆっくり立ちあがった。
「……人間の絆と言うものは脆いものじゃの。己の身可愛さにすぐ裏切りよる。やはり真の意味で友と呼べるのはこやつらだけじゃて」
「――ぶつぶつ言ってねえで、助けてくれよっ!――ああっ……息……首がっ」
「――助ける? 何故じゃ?」
 黒衣の老人はさも不思議そうに首を傾げた。
「あ――あんた今っ……」
「ああ」
 彫りの深い顔が、嘲りの色に歪む。
「あれは、嘘じゃ」
「――なっ!?」
「餌は、お前ひとりでこと足りるでのう。
 それに――わしはこれから少しばかりやらねばならぬことがあるのじゃ。それまでは無為にこの街を騒がせるのは控えねばならん。行方不明8人は行きすぎじゃて」
「――……!!」
 浩二はもはや抗議の声をあげることができなかった。首を強く締めあげられ、意識がゆるやかに薄らいでゆく。
 しゅる……しゅるるるるる……
 蛇たちの鱗がこすれあう音。それに混じって、あの笛の旋律が聞こえてきた。
 あたかも、死という名の眠りを呼ぶ子守歌のごとく。
見上げた視界に老人の姿が映った。陶酔したようなまなざしを空に向け、横笛を奏でている。その向こうに、血より濃く染めあげられた茜の空が見えた。
 優雅に、されど凶々しく黄昏に響く笛。
 その旋律を耳にしたまま――宮田 浩二の意識は紅い闇の中に落ちていった。





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