〜第十三幕〜 暗転






「ま〜ったく、どこ行っちゃったのかしらあの娘ったらもうっ」
 洗面台の前で、千絵は眉を八の字に寄せて腕を組んだ。
 休み時間も終わりに近いせいか、女子トイレの中には誰もいない。四つある個室の扉も、ひとつ残らず開いたままだ。
 当然のことながら、つばさの姿も見受けられはしなかった。
「授業中にふらふら出て行ったうえそのまんま戻ってこないなんて、学生の本分を見失ってるとしか思えないわね。とっちめてやんなきゃ」
 その授業中をほぼミステリ読書の時間にあてていることは棚に上げて、千絵はひとりうんうんと頷いてみせる。
 それにしても――実際つばさはどこに行ったのだろう。
 ガマ森に叱られたくらいで拗ねてどこかに行ってしまうような娘ではないし、そもそも今日のあの様子ではおそらく叱られたという自覚も乏しいだろう。
 とはいえ、クラスに戻っている気配もなかった。1−7の教室とこのトイレは一直線の廊下で繋がっているので、すれ違ったりすればすぐわかるはずだ。
「……ということは」
 この間読んだミステリ――雪に閉ざされた山荘で一人ずつ人間が消えていく内容だった――が、ふと脳裏に浮かんだ。
「途中でなにかの事件に巻き込まれたに違いないわっ!」
 洗面所の鏡に向ってびしっ! と指を突きつけ――それから千絵はふう、と溜息をついて苦笑する。
「……なわきゃないわよねえ、いっくらなんでも」
 ともあれ、教室に戻って待っているほかなさそうだ。休み時間ももうすぐ終わりだし、チャイムが鳴ればさすがに帰ってくるだろう。
 千絵はトイレの引き戸を潜り、
 ……かしゃっ。
 唐突に聞こえた旧いカメラのシャッターを切るような音に、思わず周囲を見渡した。
 だが、音を立てるようなものはもちろんあたりには何もない。そこにはただ、ひんやりとしたリノリウムの廊下が続いているばかりだ。
 人の姿の見えない、声や足音すら聞こえてはこない廊下が。
「わ――やばっ」
 千絵は肩をすくめた。おそらくトイレの中なのでチャイムを聞き逃したのだろう、いつの間にか授業が始まってしまったのだ。
 慌てて走り出しかけ――しかし彼女はふと、微妙な違和感を覚えた。
 なんだろう。何かが、いつもと違う。
 自分の胸をよぎった奇妙な感覚の正体を、千絵はすぐに悟った。
 あまりにも静か過ぎるのだ。授業中とはいえ、教室の中からの話し声くらいは洩れ聞こえてくるはずなのに。
 そういえば、さっきまで何の気なしに耳にしていた校舎の外からの音――グラウンドの声も、通りをゆく車の音も、いまはぴったりと絶えているではないか。
 昼下がりの廊下を満たすのはただ、それとは見合わぬひえびえとした静けさのみ。
「な……なによこれ……?」
 言いようのない不安に襲われ、千絵はひとり呟く。
 ちょうど、その時だった。
 不自然なその静寂の中に彼女の耳が、しゅるる……という何かを引きずるような音をとらえたのは――


 黒衣の老人が、不意に口元を歪めた。
 柔和な笑みの仮面をもはや完全にかなぐり捨てた、悪意の塊のような嗤い。
「どうやら――」
 対峙する京一郎と――そして仁矢の顔を眺めて、彼は楽しげに呟く。
「わしの側の持ち札が一枚増えたようじゃよ」
「……何の話だ」
「ふふ――今に解るとも、今にな。さあ、早急に始めようといったのはお前のほうじゃぞ、少年よ」
「――――」
 仁矢は口を噤んで、側らの京一郎のほうをちらりと見やった。
 ――……どう出るつもりだ? 先輩。
 足元では無数の蛇たちが床を埋めんばかりに絡み合い、蠢いている。仁矢たちを見上げる数知れぬ紅い眼。それはまさに、獲物を前におあずけを食った獣のものだ。主である《蛇使い》が禁を解けば、彼らは一斉に襲い掛かってくるだろう。
 敵の仕掛けた網の上にいるにも等しい、お世辞にも有利とはいえない情況だった。
 自分ひとりなら話は早い。攻撃を受けることなど構わず相手の間合いに入り、渾身の一撃を叩き込む。相打ちにできれば、あとは残りのメンバーがどうにかしてくれるだろう。
 だが――京一郎がここに来た以上、話は違う。
 誰もが傷をこうむらずに敵を撃退する方法を、あらかじめ幾通りも考えてから勝負に臨む。これまで行動をともにしてきた限りでは、それが若槻 京一郎という少年のやり方なのだ。
 仁矢の思いを知ってか知らずか、京一郎は飄々とそこに佇んでいる。着崩した制服のポケットに両手を突っ込んで、いまにも鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だった。
「――どうした?」
 金色の笛を片手に玩びながら、老人が問う。
「先程までのおしゃべりが急に止んだではないか。殊勝に死を待とうという気にでもなったかの?」
「いやぁ……その前に踏んでおきたい闘いの順序というやつがありましてね」
「――ほう?」
 京一郎の口から紡がれた言葉に、《蛇使い》が怪訝そうな表情を浮かべる。
「何のことじゃね」
「小説やドラマでは御馴染みなのですけれどね。こういうシーンでは『悪役が、高笑いをあげながら事件の背景を懇切丁寧に説明する』っていうプロセスがあるんですよ。それを期待して、僕から口を開くのを待っていたんですが」
 そう言って彼は、足元一面に群がる蛇たちに顔を向けた。
「情況は僕らに圧倒的に不利なんです。駒形つばささんを何故誘拐しようとしたのか――あ、ついでに河川敷での事件のこともひとつ教えていただけませんかねえ。冥土の土産というやつに」
「……なかなかに面白い少年じゃ」
 くく、と老人が喉を鳴らす。
「じゃがあいにく、教えることは何もないよ。わしとて依頼を受けて動いている身じゃからのう。あれこれ話しては信頼に関わるというものじゃ。
 それに――死にゆくものに土産は持たせぬ主義での」
「……ずいぶんと了見が狭いですねえ」
 京一郎はいかにも残念そうに口元を尖らせ、首を横に振ってみせた。
「それではこちらも、駒形さんをお土産に差し上げるほど気前よくはなれませんね。休み時間も少ないですし、ここは手ぶらでお引き取りいただきましょう」
「できるのかね、少年よ」
 嘲るように、老人は笑う。
「お前自身が今言ったばかりじゃろう? わしの可愛い蛇たちの中に身を置いた以上、お前達にもはや勝機はかけらたりともありはしないのじゃよ。
 それとも、お前達の『力』でこの蛇を瞬時に一掃できるとでも言うのかの?」
「あ――そりゃあ無理ってもんです」
 相変わらずポケットに手を入れたまま、京一郎はあっさりと認めた。
「僕の『力』も仁矢くんの『力』も、そういうことには向いていませんから。ねえ、仁矢くん?」
「…………」
 仁矢は応えずに、京一郎の顔を睨んだ。いつものことであるのだが――敵である老人以上に、この先輩の腹は読めない。
 その沈黙を手詰まりゆえと判じたのだろう。怪老人の顔に浮かんだ笑みが勝利の確信を帯びる。
「ならば――子供でもわかる計算じゃな。お前達の『力』では、わしの蛇たちをどうすることもできない。ゆえに、お前達に望みはない」
「……後半が、少しばかり違っていますねえ」
「何?」
「わざわざ『力』を使う必要は、別にどこにもないんですよ」
 その言葉に蛇使いが応えるより早く、京一郎はポケットに入れていた右手を引き抜いた。
 何かが握られている。だが、何だろう。指が邪魔になって、側らの仁矢からもはっきりとは見えない。ちょうど缶ジュースほどの大きさをした、筒状の銀色の物体――
「あ、みんなちょっとだけ息を止めていたほうがいいよ。えーと、駒形さんと――それから《蛇使い》さんも」
 室内をぐるりと眺め回して、京一郎はにっこりと笑う。
「何をする気――」
 《蛇使い》の言葉は、京一郎の手元で響いたぷしゅっ、という音に遮られた。
 缶が彼の手元を離れて、ゆっくりと床に転がる。京一郎をのぞく全員の視線が、驚きの色を宿してその一点に集まった。
 煙だ。
 缶の先端から勢いよく立ち上る白い煙が、またたくまに資料室の中に広がっていく。床を覆う蛇たちのうえに霧のごとくわだかまり、さらには少しずつ少しずつ嵩(かさ)をあげて。
「な――何じゃ……これはっ!」
「見てのとおり、何の変哲もない室内用の殺虫剤ですよ」
 黒衣の腰のあたりまでを霧に覆われて狼狽の声をあげる《蛇使い》に、京一郎はこともなげな口調で答えた。
「ま、僕らは少しばかり吸い込んだからって大丈夫です。ただ――蛇さんたちは体が小さいぶんちょっとだけ辛いかもしれませんねえ」
「……どうしたんだ、こんなもん」
 さすがに呆れた声で、仁矢は思わず呟いた。こんなものをあらかじめ用意しておこうという考えがいったいどこから湧いてくるものか、見当もつかない。
「昨日アーケードの薬屋さんで買っといたんだ。特売で398円。領収書は取ってあるから、あとで茜音さんに請求だね」
「いや……そうじゃなくってな……」
「馬鹿にするでない――!」
 緊迫感の抜けかけた会話を、《蛇使い》の怒声が遮った。
「こんな――こんなもので――!」
「そう、こんなものでご自慢の蛇さんたちが全滅ということはよもやありませんよ」
 向き直った京一郎が、にこにことしたまま頷く。
「でも、操られていようが猛毒をもっていようが、一匹一匹は小さな蛇です。殺虫剤がかかればそれなりに苦しいでしょうし、人事不省――じゃない、蛇事不省になることもあるかもしれない。そうなれば命は落とさなくとも、《蛇使い》さんの命令に一糸乱れずに服すというわけにはいかなくなるでしょうね」
 彼の言葉通り、床を埋める蛇の群れたちの中には微妙な変化が生じていた。白い霧の中で身を捩じらせ、目まぐるしく頭を振るものが現れ始めたのだ。
 どこかから、きぃ……という細い苦悶の声があがった。二回、三回――それは連鎖するように、部屋の至るところから聞こえてくる。
「――おお――お前たち――!」
 仁矢たちのほうが戸惑うほどの狼狽を見せて、《蛇使い》は己の下僕たちを見回した。その表情もそして声も、あたかも自分自身が責苦を受けているかのようだ。
 見開かれた眼に震える嘆きの色は、しかしすぐに怒りと怨瑳の色に転じた。
「――貴様ら――」
 呪詛の呟きとともに、老人はゆらりと顔をあげる。
「よくも――よくもわしの可愛い蛇たちを――!」
「わかりやすい反応ですね。でも、怒るよりも先にすることがあると思いますよ」
 《蛇使い》の怒声を、京一郎はそれこそ柳に風と受け流した。
「可愛い蛇さんたちが言うことをきいてくれるうちに、この場を収拾しなっちゃいけませんねえ。このままじゃ、彼らを見捨ててかろうじて脱出なんてことにもなりかねませんよ。
 先程おっしゃいましたね、駒形さんの誘拐は依頼されたものだって。とすれば、以来主のかた言い含められませんでしたか? あまりことを荒立てるな、と」
「――――」
「ありますかねえ、僕らを始末したうえで駒形さんをさらって、命令に服さなくなった蛇さんたちを一匹残らず回収するなんて余裕が。
 もしそれができなければ――このあいだ事件があったばかりの隅田川にほど近い中学校で、今度は中学生数人の変死体と日本にはいないはずの毒蛇が発見される。河原の事件ももう一度蛇の線から洗い直されるでしょうね。日本の警察は、想像力には乏しくっても捜査力はまずまずです。懸けてもいいですが、《蛇使い》さんにとってもたぶんあまり面白いことにはなりませんよ」
 殺虫剤の薄霧ただよう部屋の中に、京一郎の陽気な声が響く。
 足元に満ちる無数の蛇という状況に変わりはない。この場にいる全員の命も、依然として黒衣の老人の手のうちにある。
 にもかかわらず――この場の主導権を握っているのは京一郎にほかならなかった。
 ――……まったく、つくづく俺にはできない芸当だぜ。
 短く嘆息をついて、仁矢は京一郎の横顔に目を向ける。
 京一郎はおそらく、無駄に饒舌をたたいているわけではない。これもおそらく策のうちなのだ。《蛇使い》が彼の言葉に気をとられているうちに、時間の経過は徐々に戦況を傾けていく。
 仁矢の視線に気付いたのだろう、京一郎がわずかにこちらへ顔を向けた。その唇が、声には出さずに短い言葉を紡ぐ。
 ――そろそろチャンスだよ、仁矢くん。
 ――ああ。
 こちらもまなざしと気配だけで頷いて、仁矢は《蛇使い》に視線を戻した。
「――く――」
 睨み殺さんばかりのまなざしをこちらに向け――しかし《蛇使い》は無言で金色の笛を口元にあてる。
 そうだ、膠着したまま時間が経過していくことが己の側にとって不利になると、彼とて悟れぬはずはない。
 引くか、それとも一斉に攻撃を仕掛けてくるか。いずれにしても、仁矢にとっての勝負のタイミングは巡ってくる。ほんの、あと数秒のうちに。
 仁矢は両の拳を固めるとちいさく息を吸い、そして吐いた。
 わだかまる霧が、足元でゆるやかな渦を巻いている。
 
 
「す……すごいや……」
 手のひらで押さえた口から、つばさは思わず呆然とした呟きを洩らしていた。
 おされている。やり込められている。つい今の今まで、圧倒的なまでの力をふるっていた黒衣の老人が。
 一対一で襲われたとき、つばさにはむろん老人に立ち向かおうなどという気は起こらなかった。逃げようとするのが精一杯――いや、それすらできはしなかったのだ。
 こんなにたくさんの蛇たちを操り、廊下や扉を自由自在に隠してしまう正体不明の怪老人。いままで自分が過ごしてきた日常からは、あまりにもかけ離れた存在だった。
 その老人と、仁矢は――仁矢たちはあたりまえのように対峙している。
 ――あかね……さじき……
 昨日からぐるぐると頭の中を回っているキーワードが、いまいちど脳裏に明滅した。
 ――「君と同じ、『力』を持つ人間の集まりだ」
 違う。あたしとは違う。『力』を持っていたって、あたしにはこんな真似はできない。
 同じ制服を着た、年もほとんど変わらないはずの三人が、まるで遠い星から来たヒーローか何かのように思えた。仁矢も、若槻という名の上級生も、それから――
 すぐ側の少女――たしか睦さんと呼ばれていた――の顔を、ちらりと覗いてみる。
 蛇の群からつばさを護るように立ったまま、彼女は戦いの行方を見つめていた。
 眼鏡の奥の瞳は、真剣そのものだった。まるで目を逸らさずに見守ることが自分の使命ででもあるかのような、そんなまなざしだった。
 ――「この街の平和を護るためにといったら、君は信じるかい?」
 夕暮れの公園で聞いた茜音の言葉が、再び脳裏に響く。睦のセーラーの袖をきゅっと掴んで、つばさはこくりとちいさく唾を飲んだ。
 ちょうど――その時だ。
 ……びくんっ……
「――え――?」
 てのひらに感じたかすかな感触に、つばさは思わず声をあげる。
 それは、指をかけていた睦の袖口から伝わってきたものだった。震えている。彼女の細い肩が、まるで悪寒でも感じているかのように。
「あ――あのっ」
 今一度彼女の顔を覗いて、つばさはそこで言葉を止めた。
 レンズの向こうの瞳。その澄んだまなざしにもちろん変わりはない。
 だが――どこかが違う。なんだろう、視線はすぐ目の前に向いているのに、見ているものは目の前にない。そんな感じだ。
「だ、だいじょうぶですかっ?!」
 震える細い腕を掴んで、つばさは彼女をがくがくと揺さぶった。その声に、霧の向こうの二人も異変に気付いたのだろう。若槻がこちらに顔を向けて、
「睦さん――」
 今までにない、緊張を混じえた声を発した。
 何だろう。何が起こっているのだろう。わけもわからぬまま、つばさは救いを求めるように睦と、そして若槻たちの顔をかわるがわるに見つめる。その瞬間――
「――京一郎くん――仁矢くん――」
 睦の瞳が不意に焦点を結んだかと思いきや、その唇からほとんど悲鳴に近い声を紡がれた。
「ひとがいる――この《結界(パノラマ)》の中、駒形さんのほかにも女の子がひとり入ってきてる――!」


「な――なんなのよ一体……」
 階段踊り場の壁にぴったりと背をつけて、千絵は掠れた声で呟く。
 足元に広がる光景は、何かの悪い冗談だとしか思えないものだった。
「き、昨日遅くまで本読んでて寝不足なのが悪いのかしら。うん、そうよ、そうに違いないわっ! 幻覚よ幻覚っ!」
 声に出してそう呟きつつ、ぎゅっと目をつぶって深呼吸をひとつ。それからゆっくりと、おそるおそるまぶたを開いてみる。
 状況は何ら変わらなかった。足元に群れる無数の蛇という、悪夢そのもののような状況は。
 人気のない階段にただ響きわたる、しゅるしゅるという鱗の音。高い窓から踊り場に射し込む柔らかな陽光が、やけに白々しい。
「ちょ、ちょっとっ!」
 静けさに耐えかね、千絵は階上を見上げて声をはりあげた。
「誰だか知らないけど出てきなさいよ! そのあたりに隠れてるんでしょ?! あたしには何もかもお見通しなんだからねっ!」
 まさに虚勢そのものの言葉に、答える者は誰もいない。声は壁とリノリウムの床に冷たく呑まれ、あとにはただ擦れあう鱗の音が残るのみ。
 虚ろなその静寂が、ひんやりと千絵の心の中に滑り込んだ。
 悟らねばならなかった。目の前に広がる光景が、夢でも幻覚でもないことを。日常の中に開いた不可解な悪夢の亀裂に、自分が落ち込んでしまったのだということを。
 緩慢な螺旋(らせん)を描いて――すくんで動けない足を、蛇がゆっくりと這いあがってくる。
「た、助けてよ――」
 それでもなんとか引きつった笑みを浮かべ、千絵は震える声で呟いた。
 膝上をくすぐる鱗の感触に、全身の産毛がぞわぞわと逆立つ。
 いやいやをするように首を振りながら――なぜだろう。心の中で救いを求めたのは両親にでも教師にでもなく、普段は自分のほうが保護者を自認しているはずの友人に対してだった。
 ――つばさ――
 だが、千絵がその名前を呼ぶことはできなかった。唇が声を紡ぎだすより一瞬早く、ちくり、という微かな痛みが腿の辺りに走る。
「……えっ?!……」
 思わず足元に落としたまなざし。その視界が、揺らぐ水面のようにぐにゃりと歪んだ。擦れあう鱗の音が、急速に耳から遠のいていく。
 ――フェード・アウト。


次回、第十四幕――『切り札』に続く




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