戻る


縁結び屋・出雲大社のファイル#2

−魔法少女少年−


作:ゴールドアーム

 

 21世紀も近い今の世の中、霊や魔法、異次元、宇宙人といったもんの存在をまともに信じている奴は、まずいないと言ってもいい。いたとしても、いわゆるイっちまったヤツが殆どだ。だがよ、世の中には、こんな言葉もある。
 事実は、小説より奇なり。
 そういうものも、あるところにはあるんだ。ただ今の人間てやつは、数学万能信仰に染まっちまってるから、そういうのを認めようとしないだけだ。科学じゃない。数学だ。本来科学ってヤツは、「分からないことを調べて分かるようにする」学問だったはずだ。極端な話、幽霊の話を非科学的だと否定する奴がいるが、そういう態度こそが非科学的だ。科学的な態度というのは、幽霊を見たという人から情報を集め、共通点から特性を推測し、その推測を実験によって裏付けようとする態度のことだ。ここで間違えちゃいけないのは、幽霊の特性を調べるのに物理学を使っちゃいけないって事だ。前提条件に「物理的な存在ではない」とされる幽霊を科学的に検証するのに物理学を持ち出すのは、本末転倒どころか我田引水以外の何者でもない。オカルトにはオカルトの法則って奴があるって事だ。
 変な話になっちまったな。ていうのも、これから話す事件って奴は、ここんとこを間違えると、ただの馬鹿話になっちまうんでな。わりいわりい。
 でもいいのか? 小説のネタにならとにかく、こんな話、雑誌の記事には出来ねえぞ、おい……新創刊雑誌、アトランティス? 編集長になって移籍? なんでぃ、そう言うことか。じゃ、いいや。ただし、雑誌に載せるときは名前変えろよ。訳? んなもん俺の話聞きゃわかるって。じゃ、続き行くぞ。


 その依頼人を見たとき、俺にはピンとくるものがあった。そもそも俺の所に来る依頼人がまともというかありふれた事件を持ち込むことはほぼ絶対と言っていいくらい無いが、まともじゃない依頼にもピンからキリまでいろいろある。だがこの依頼人は、かなりピンによっている。ひょっとすると俺自身も、少しは動くことになるかもしんねぇ。
 俺は出雲大社という。変な名前だが本名だ。職業は表向き私立探偵。だが実体は『縁結び屋』だ。一種の紹介業ともいえる。名前のせい、って訳でもないんだが、俺には変わった力がある。求められる人を、求める人に。昔のCMのコピーじゃないが、文字通りの、『縁を結ぶ』力だ。とうてい自力では解決できない、それもきわめて変わったやっかい事を抱えた人間が、俺の周りには『引っかかって』くる。同じように、そう言うことを解決できる奴も何故か俺に引っかかる。そして俺はそいつらを『結ぶ』事が出来るのだ。自慢じゃないが、俺が縁を結んで、問題が解決しなかったことは一度もない。
 さて、今俺の前にいるのは、見た目20代中頃のOLふうの女性だ。容姿、服装、スタイル、どれをとっても、『平凡』という言葉に埋没しそうなのに、瞳だけが不自然にギラついている。ただそのギラつきが、文字通り『不自然』だった。平凡な女性が、心理的な葛藤からギラついた目になるのはよくあるのだが、このギラつきには焦りの他に明らかな不安……いや、恐怖が混じっている。
 「あ、あの、ちょっと信じられないようなことなんですけど、相談に乗っていただけませんか?」
 俺はカマを掛けた。ある予感を確認するために。
 「した覚えのない犯罪をしてしまったかも知れない、ですか?」
 「……!」
 相手の目がまん丸になる。お、こうしてみると意外にポイントが高い。いわゆる、「磨けば光る珠」ってやつだ。おっと、今は関係のないことだ。だがどうやら間違いがない。後で『電話』が繋がれば確実なところだ。けど、そうなるとある理由により、報酬がいただけない。俺はボランティアに徹する決心を固めた。まあ、あたりなら副業で何とかなる。
 「驚かれたようですね」
 相手の女性がこくこく頷く。だが俺に言わせりゃこれはカンニングだ。そもそも初対面の相手にいきなり人生が変わるようなことを言ってしまうという現象自体が、俺の『縁』に引っかかっている証拠である。
 俺は表情をハードボイルド系に引き締めて、口説くように優しく言った。
 「簡単な問題だよ、と、気取ってみたいところですが、実は私、ちょうど今のあなたと同じ状態になった人物の悩みを解決したことがありまして。ははは、要するに知ってるだけです。ですからご安心を。あなたの悩み事は、綺麗さっぱり解決してご覧に入れましょう」
 「本当ですか?」
 期待半分、不安半分と言うところか。まあ、妥当な線だ。
 「それと今回の件ですが、事情が事情ですから、あなたの名前も聞きませんし、報酬も要りません。ただ、解決のための準備として一日、大体午後頭から夕食時まで、私に付き合っていただきます。デートみたいなモンになりますが、ご容赦のほどを」
 「……ホントに、いいのですか? それだけで」
 「ええ、結構です。ま、あなたのような女性と、半日でも一緒につきあえるっていう役得が、私の報酬でしょうか。今度の土曜、お暇ですか?」
 「え、ええ」
 真っ赤になりながら、彼女が答える。
 「では12時に駅前の待ち合わせの像の所で。あと、本名じゃなくても結構ですから、あなたのことをなんと呼べばいいか、それだけ教えて下さい」
 「ゆかり……です」
 「ゆかりさんですね、分かりました」
 彼女が帰った後、俺は電話に手を伸ばした。こういう分かりやすいのは、俺も楽だ。
 「はい、真野ですけど」
 電話の向こうから声変わりの終わりかけというような若い声がする。ビンゴ。やっぱりだ。
 「ああ俺だ。出雲大社」
 「事件ですか」
 「間違いない。恐らく、最近新聞をにぎわせている怪盗事件だ。仕掛けは打った。土曜の夜、迎えに行く」
 「分かりました」
 俺は電話を切ると、そっとため息をついた。
 「このへんはハードボイルドなんだけどねぇ……」


 土曜の午後。俺はゆかりさんをあちこち連れ回した。ブティック、ヘアーサロン、デパート……。彼女には悪いが、実に楽しかった。おしゃれはしてきたのだろうが、どうにも野暮ったい彼女を、俺は縁のありそうな店へたたき込んだ。恐縮しきった彼女が、店から出る度に、だんだんと華やぎ、可憐になっていく。彼女自身、暗い表情が、驚きに包まれ、自分に見とれ、やがて内から自信がわき上がってくる。やはり女の子は笑ってなんぼ、泣いてなんぼだ。能面みたい名のは勘弁して欲しい。夕方頃には、俺の目の前にいるのは、平凡なOLではなく、崩れた感じのヤクザっぽい男などお呼びもつかない、美貌のいいオンナだった。
 ここまでは上出来だ。こっからが『仕掛け』になる。
 俺は気を引き締めた。

 「延々と付き合わせちゃって済みませんでしたね。お疲れでしょう」
 「いいえ、そんなこと……あたし、こんなになれるなんて、考えたこともなかった」
 「今日紹介した店は、値段の割に腕のいい、あなたでも常連になれる店ですよ。こんなしけたおっさんじゃなくて、本命の彼氏が出来たら、またびしっと決めるといい。ま、たいていの男は落ちますよ」
 「そんな……しけてなんか」
 「は?」
 「いえ、なんでも」
 あわてて首を振る彼女。いけね、磨き過ぎかな?
 「さて、後二カ所で終わりですから、ガンバって下さい、お姫様」
 「え、まだですか?」
 「疲れましたか? ならちょっと休憩しましょうか」
 「いえ、その、ここまで、結構、その、大分、いろいろしていただいているのに、更にこの上なんて……」
 「ああ、気にしないで下さい」
 俺の財布を心配してくれたんだろう。うん、たかることしか考えてない馬鹿オンナとは違って、真面目な子だ。けど、まさに今回はそこが仇なんだよな、とは口が裂けても言えない。
 「次はウィンドウショッピングです。いくら何でも、そこでものを買ったら、デートの域を越えちまう」
 俺が入っていったのは、見た目は地味ながら、知る人ぞ知る超高級宝石店であった。

 「わあ〜、綺麗……」
 彼女は夢見る表情で、店に飾られたジュエリーを一心不乱に見つめていた。
 「出雲様、お久しぶりで」
 彼女に気付かれない位置で、初老の執事を思わせる男が俺に声をかけてくる。彼はこの店の支配人だ。念のために言っておくが、俺はこの店で買い物が出来るような金持ちじゃない。親父ならともかく、俺は万年貧乏人だ。入るときはデカイが、数ヶ月無収入って事もある。そんな俺に支配人が丁寧なのは、昔ちょっとした縁を結んだことがあるからだ。輸入した宝石の中に、質の悪い呪いが掛かった奴があって、店が傾きかけたとき、酒場で隣になった俺が、親父を紹介したのだ。親父はそう言うのを落とすのがめっぽう上手い。表の顔が新興宗教の教祖だってのも、納得がいく。結果店は救われ、親父は有力なパトロンを一つ手に入れた。俺も買い物こそしないものの、たまに代金代わりに手に入る貴金属のたぐいを正価で買い取ってくれるので重宝している。
 「今夜、店が荒れるかもしんねえ」
 俺の言葉に、支配人の眉が、わずかに上がった。
 「けど、実際には何もおこらねえ。痕跡も無し。ただあんたには見えちまうかもしんねえんでな」
 「分かりました。ご自由に」
 俺は支配人から離れて、彼女の所に戻った。彼女は店の隅にあるブローチに魅入られている。
 ダイヤをメインに幾つかの宝石をあしらったブローチは、とても彼女に似合いそうだった。
 「お気に召しましたか?」
 「……あの、これ、おいくらですの」
 支配人は、平然としたまま言った。
 「一千四百万です。税別で」
 消費税を入れて千四百七十万だ。彼女の目に動揺が走る。
 「買うのは無理でも、ちょっとつけてみないかい」
 俺はさり気なくそう言った。
 「そんな……」
 「断言してもいいが、飾ってあれば千四百万だけど、君の胸に納まれば五千万だ」
 俺はひょいっと千四百万を取り上げると、彼女の服の胸元に、ブローチを飾った。
 「おお……」
 背後から支配人の驚いた声が上がる。彼女の胸にあるブローチは、俺の目で見ても五千万の価値はあった。

 「お口に合いませんでしたか?」
 デートの締めくくりのレストランで、俺は良心の呵責を覚えつつ、彼女にそう聞いた。
 「いえ、とってもおいしいですわ」
 笑顔を見せる彼女。でもそれは先刻までの中から弾けるようなそれではない。とってつけたような、仮面のような笑顔だ。
 理由は分かっている。彼女の心は、あのブローチに囚われたままなのだ。しかも俺は、それを意図的に仕掛けた。俺の縁結びの力は、基本的に受動的なものだ。だが一つだけ、能動的に使えるものがある。手を繋ぐことにより、縁を強めることが出来るのだ。俺はあの宝石店で、彼女ともっとも縁のありそうだったあのブローチを、俺の手で彼女に付けることにより、その『縁』を強めたのだ。
 これで彼女のターゲットは、あのブローチになる。今夜彼女は……いや、彼女の『悩み』は動く。
 遊びの時間は終わりだった。

 「今日は楽しかったですわ。それに……自分でも知らなかったことを、いろいろ教えていただいて」
 「いえ、こちらこそ。あと、変な話ですが、これであなたの依頼の下準備も完了いたしました。数日後には、依頼の完了も報告できると思いますよ」
 彼女の顔に、はっとしたものが走る。
 「そうでしたね……探偵さん」
 「そんな顔しないで。何、次に会うときは、悩みなど吹っ飛んでますって」
 「そうだといいですね。では、また」
 そう言って彼女の姿は、駅の中へと消えていった。
 「さて、ハードボイルドの時間は終わりだ」
 俺は車を取りに、事務所の裏手へと向かっていった。


 夜。郊外の閑静な住宅街に、俺の姿はあった。辺りに用心して電柱によじ登り、とある一軒の家の二階の窓をたたく。
 すると窓を開け、珍妙な恰好をした少年が現れた。一見したところ、ただの中学生だ。詰め襟に黒ズボン、典型的な制服姿である。頭の上の『それ』が無ければ。
 それはリボンだった。ただの、ではない。ピンク色のやたらに長くて大きな、幅広のリボンだ。しかもリボン止めに、金色の大きなメダルがついている。ご丁寧なことにメダルのデザインは六芒星だ。ちょっと不良っぽいが童顔な少年に、何故か似合っているのが意外と言えば意外だ。
 「夜分ご苦労様です」
 「そっちこそ」
 俺が電柱を下りるのと同時に、リボン少年……「真野 力」は、準備してあったスニーカーを履いて、音も立てずに窓から飛び降りた。リボンがふわりとたなびく様は、なかなか魅力的だ。男なのが惜しい。
 俺は彼を助手席に乗せると、車を発進させた。
 「今度の犠牲者は?」
 力少年は、車が人通りの少ないバイパスに出るやいなやそう聞いてきた。俺も目線はそのままに話す。
 「仮名・ゆかりさん。真面目な正確が災いした。典型的な抑圧性の欲求不満を、奴らに利用されたんだな。仕掛けとして彼女の欲求不満を、一点に誘導していた。今夜彼女、というか奴らは、絶対にその仕掛けにはまる。て言うか、他の選択肢を全て潰しておいた。ちょっと手痛い散財だったが、ま、役得もあったしな。女の子が綺麗に変わっていくのはいいもんだぞ」
 「いつも済みませんね。何くれて世話になってしまって」
 そう答えた声は、明らかに少年のものではない。機械的というか、金属的というか。やや甲高い、どう聞いても微妙に人間のものとは違う声だ。よく聞くとこの声は、リボンのメダルから出ている。スピーカーなどではない。メダルが振動して喋っているのだ。
 そう、このメダルは只のリボン止めなどではない。真野少年のアシスタント、魔導生命体メダルンなのだ。
 そう、ハードボイルドは終わり。ここからはよい子の魔女っ子ものの時間だ。
 真野少年は、ごくわずかな例外以外には知られていない、異次元から来た不正魔導師を排除する魔導捜査官の現地アシスタント、いわゆる魔女っ子であった。
 元々の出会いは俺とメダルンの方が先だ。彼の世界での魔導犯罪組織を追ってこの世界にやってきた彼は、俺の縁結びの力に引っかかってしまった。その時俺は彼の目的なども詳しく聞いている。
 彼は、オレ達とよく似た世界から来ていた。難しい話はよく分からないが、本質的にオレ達の世界と彼の世界には、ほんのわずかの差異しかないらしい。極端な話、両世界の人間は交配が可能だ。それくらい近しいというか、人間そのものは全く同じだという。
 違ったのはほんのわずか……「観測者理論における観賞力の強弱」、この一点だけらしい。
 観測者理論というのは、不確定原理の元とも言える。現実の物理現象は、決して正確に測定できないと言う理論だ。平たく言えば、棒の長さを測ろうとして物差しを当てると、その行為によってごくわずかだが棒が変形してしまい、正確な長さは測定できないと言う、一種の屁理屈だ。もうちょっと高度な話だと、シュテンなんとかの猫という奴がある。猫を毒ガス……青酸ガスのような即効性のものを封印した瓶と共に箱に入れておく。猫が瓶にいたずらをしていれば、中のガスが漏れて猫は死ぬ。瓶が無事なら猫も無事だ。さて、ここではこのふたを開けようとしたとき、猫は死んでいるか生きているか。ふたを開けたとたん、猫の生死は決定する。だがその前……観測者がいない状況では、猫は50%死んでいると言うことになってしまう。
 と、ここまでは俺の世界にある一種の物理学・論理学的なパラドックスだ。だが彼の世界では、この観測者理論の影響が、俺達の世界より遙かにでかかったのだ。結果何が起こったか。まず物の長さがまともに測定できなかった。測ろうとするたび長さの変わる棒の長さを測定で決定できるわけがない。かくして物理学の基礎は、あっけなく崩壊した。更に、猫の実験もオレ達の世界とはちょっと違った。俺達の世界では、ふたを開ける前の猫は常に50%生き、死んでいた。天気予報の降水確率みたいだが、常に50%、これがオレ達の世界だ。だがあちらではそれが20%になり、90%になった。観測者の観測する意志が、猫の生死に干渉してしまうのだ。このほんのわずかの差異が、発達する学問を全く別の物にした。物理学……近代科学の基礎が存在せず、また、意志力で世界の構造が変化する世界。そう言う世界を発展させる基準……それは魔法といわれる技術に他ならなかった。
 魔法は意志の世界干渉現象を利用した、れっきとした技術なのだ。只よって立つ理論や現象が、物理学と相性が悪い。魔法は意志……思う力によって発生する力なのだ。意志は言語を媒体として成立する。そして言葉は曖昧であり、解釈によって意味を変容できる。数のように極めて安定した概念とは大違いだ。言語は主観であり、数は客観である。そして魔法とは、言葉の曖昧さや象徴性を媒体にして発展したものなのだ。
 そんな彼らの魔法文明は、形式こそ違うものの、どんどん発達していった。歴史的な経路は違ったが、社会的な現象……公害問題や部族問題、戦争などは同じように起こり、結果も似通っていた。そして彼らの世界のある国が、エネルギー資源……俺達のような強い意志を持つ生命体の、その意志の力を資源として刈り取る事を思いついた。俺達は疲れてくると物を考える力が落ち、満足すると高揚する。この高揚している意志こそが、彼らのエネルギー源となる。何しろあちらは元々世界そのものが不安定だ。安定しているこちら側では不可能に近い次元間移動も、あちらでは割と平易な技術らしい。意志力のエネルギーにしたって、こっちでは『気分の変化』に過ぎないが、あちらに持っていくと、ちょうどこっちの『位置エネルギーの変化』に近い効果がある。奴らに言わせれば、こちらでは価値のない物を貰っているだけだという。
 それは間違いではない。貿易の基本概念だ。だがそのための手段が、こちらの人間に害を成すとなると話は違ってくる。えてしてこういう物は、平和哩にこっそりやるより、多少問題があっても派手にやった方がより儲かると相場は決まっている。
 案の定、問題は起きた。奴らの欲する『充足した欲望』状態の精神活動を行わせるため、こちらの世界で魔法を悪用する輩が出現したのだ。もちろん、こちらで魔法を使うのは難しい。世界の構造上、当然のことである。だが、この世に魔法を信じる人がいる限り、不可能ではないのだ。そしてほんのわずかな魔法でも、使い方一つですさまじく役に立つ。何より、不可能を可能にすると言う事実自体が、奴らの欲する『高揚した精神』を生み出すのだ。それを利用しない手はない。
 しかしそれは、二つの世界の安定を崩す。魔法が存在し得ないことが、この世界の安定を生み出しているのだ。そこに魔法を持ち込むというのは、文字通り世界をぶちこわす行為に他ならない。魔法世界は物理世界を内包する。魔法世界から見た物理世界とは、『魔法が存在しないがゆえに安定した、一種の特異解』だからだ。数は言葉で表せるが、逆は不可能。揺らぎのない数には、不確定なものを表現するのが難しいのだ。コンピューターが真に思考できないのと同じである。
 そしてもしこちらの世界が壊れた場合、こちら側にとっては世界の消滅であり、あちらにもいわば原子力発電所の暴走と似たような状況が出現してしまうそうだ。身も蓋もない言い方だが、あちらから見たこの世界は、きちんとメンテすれば無尽蔵のパワーソースになるが、暴走すれば核よりやばい代物らしい。
 そこで生まれたのが魔導捜査官だ。物理世界に入り込み、魔法を利用して精神を高揚させ、その余剰エネルギーを魔法世界に持ち帰る次元犯罪を取り締まり、世界の安定を守るのがその使命である。この手の活動は、レベルこそ違うが何と数千年に渡って行われている。考えてみれば分かるだろう。精神エネルギー……つまり魂と引き替えに欲望を叶える。肥大した欲望が充足したとき、そのポテンシャルは劇的に高まる。そこをすかさず刈り取るのだ。そう、いわゆる『悪魔の契約』だ。現に悪魔というのは、こちらの想像……魔法を信じる心につけ込んだ犯罪者達のイメージから生まれたらしい。そしてイメージは魔導的な『通路』になる。我々が無意識的になるまでイメージしまくった『悪魔』のイメージに従うことにより、やつらはこちらの世界における安定と効率を確保できるようになる。そして安定すれば拡大する。奴らは中世の人間に固定的な悪魔の概念を植え付け、莫大な通路を確保することに成功した。まさしく中世の魔女である。おかげで捜査官側は、人々の魔法を信じる心を弱めるために、あの悲惨な魔女狩りを起こす羽目になった。当時の魔女狩りがすさまじく恣意的で悲惨だったのは、まさにこの理由による。無実の人間が魔女として無下に殺されていくに従い、人は魔法に対して疑問を持った。疑問は無意識下に沈み、魔法の力が弱くなって中世大侵攻はくい止められ、世界の破滅も回避された。
 しかし、昨今のファンタジーブームや新興宗教、オカルトのブームにより、再び通路が開きやすくなってしまった。当然捜査官も派遣されてくるが、以前と違って困ったことがあった。
 捜査官が犯罪者を取り締まるにはどうしても魔法の力が必要である。しかしそのために捜査官自身が魔法を使えば、やはり世界崩壊の原因になる。そのリスクを減ずるには、我々が『魔法』と認知しているイメージに紛れる必要がある。つまり、我々が無意識的に『魔法』を使うと認識している存在に似せれば、E=mC^2的な等価原理により、こちらで魔法を使ってもその無意識に吸収され、悪影響は残らない。
 中世では教会を利用したという。しかし現代には、入り込めるイメージが殆ど無かった。困ったことだが、こちらが正義の味方である以上、魔法使いが正義であるイメージを使う必要がある。捜査官の上層部は、いろいろ研究を重ね、やっと望ましい捜査官を生み出すことに成功した。
 それが魔女っ娘であった。イメージ的に望ましかった上に、現地の人間に一時的に手伝って貰う為、影響が遙かに少ない。直接魔力を振るえる捜査官を送り込むのにくらべて、危険は1/10になるという。
 そしてそのためにメダルンは作られた。アシスタントであり、また現地人を一時的に魔法の使い手とする覚醒ユニットとして。そんな彼がこちらにやってきてパートナーを物色中、運悪く俺に引っかかった。俺に引っかかったせいで、普通難航するパートナーはすぐに見つかった。それが真野少年である。
 もっとも、おかげで真野少年は色々と困った思いをすることとなった。
 「メダルン、そろそろ現場だ」
 俺は車を駐車場に放り込むと、少年を現場近くの、人影にないところに案内した。
 後は、その時がくるのを待つばかりである。


 程なく、宝石店の前に、何者かがそっと現れた。夜の闇に紛れる、ピンクのタキシード。マニッシュに決められたコスチュームに、光るマスクとステッキ。そのステッキが扉に触れると、それは音もなく開いて、謎の怪人を迎え入れた。
 「あたりですか?」
 「ああ、大当たりだ」
 俺が頷くと、少年はあたりに誰もいないことを確認してから、頭の上の派手なリボンを手に持って、頭上高く掲げた。そして、
 「いくよ、メダルン!」
 「オッケー!」
 「ブラウリリークカイラルレンカ・今こそ変われ・マイティマノン!」
 かけ声と共に、リボンがくるくると宙を舞う。それにつれて少年の姿に変化が現れる。まず変わったのが髪だ。中学生らしい、長くも短くもない髪が、ばさりと音を立てて伸び始め、同時に紫がかった、微妙な色彩を帯びる。色が変わると言うより、発光しているという感じが強い。体型もやや小さく、細くなり、開かれた学ランの前が、ほんのりと膨らんだ。下半身のズボンが変形し、ちょっとツッパリ加減だったそれが、黒いスカートに変わる。そして表情が少年のそれから少女のそれに……殆ど変わっていないにも関わらず、何故か真野少年とは結びつかない不思議な顔へと変わっていく。俺には分かることだが、その顔にはほんのわずか、『縁切り』の力が込められている。そのため似ている真野少年のイメージに対する縁が切られ、誰もその正体に思い至らないのだ。
 最後に伸びていたリボンがしゅるしゅると巻き取られるように縮み、少女の頭上を飾るアクセントになる。
 「学ラン魔女っ娘、マイティマノン、只今見参!」
 決めゼリフと決めポーズが決まり、あたりの空間が再び常態に戻り始めた。
 「いきましょう、出雲さん!」
 「おうっ!」
 明るい少女の声と共に、俺達は宝石店に突入した。


 「フフフ、綺麗な宝石ちゃん、貴方は今宵、もっともふさわしい場所に来るのよ」
 全ての監視装置を無効化し、難なくピンクの怪人は目指す宝石の前にたどり着いた。平然とショーケースを開け、そこに陳列されているブローチに語りかける。
 そしてピンクの薄い手袋に覆われた手が、ブローチに触れんとするその時、
 「まて!」
 店内に涼やかな声が響きわたった。
 「何者!」
 マスクに覆われた顔が振り向くと、その視線の先にスポットライトに照らされた少女の姿があった。どこからスポットが差してるんだって? 当然、『お約束』だ。物理的なことより、アニメの『演出』などに従う方が、この世界における安定度が高くなるからだという。ゆえにこんな事も行われる。
 「謎の怪人、いや、魔法怪盗ピンクキャット! か弱き人の心を惑わし、盗みを行わせるとは不届き千万! 学ラン魔女っ娘マイティマノン、天に変わって、成敗します!」
 左手を腰に当て、右手を相手に向かってびしりと突きつける。
 「むむっ! あたしの邪魔をする気! いいわ、まず貴方を倒してから、可愛いあの娘を頂くとしましょう!」
 「そうはいかない!」
 「そう、ならばこれを受けて見よ!」
 ピンクキャットがその杖をくるくると回す。するとショーケースの中に展示された宝石たちが、ふわりと浮かび上がった。
 「フフフフフ。私の可愛い宝石たちよ、あの聞き分けのない娘に、たっぷりとお仕置きをして上げなさい」
 そして彼女が杖をぴしりとマノンの方へ向ける。そのとたん、宙に浮いた宝石は弾丸の速さで彼女に襲いかかった。
 「なんのっ!」
 両手を顔の前で交差させ、飛んでくる宝石弾を、ことごとく学ランの袖が受け止める。
 「弱きを助け、強きをくじく。この学ランに宿りし心は、そんなことでは貫けない!」
 「おほほほほ。なかなかやるわね。でも、これならどう!」
 今度は彼女の前に小型の竜巻が出現する。渦の中に宝石が舞う、見た目より遙かに剣呑な代物だ。
 「お行きなさい!」
 竜巻はまるで生き物のようにマノンに襲いかかる。一撃目は転がって避け、二撃目は飛んで交わす。そして反転して襲ってくる三撃目に対し、彼女は右手を手刀の形にして振り下ろした。
 「学ラン・スラーッッシュ!」
 魔力を帯びた手刀が、見事に竜巻をまっぷたつに裂く。だが竜巻は二つに分離し、そのまま左右から彼女に襲いかかった。
 「きゃああっ!」
 衝撃ではじき飛ばされる彼女。それを見たピンクキャットは、手を口元に当て、甲高い笑い声を上げた。
 「おーっほほほほほほほほほ。所詮小娘の技などそんなもの。さあ、そろそろとどめをささせていただきますわ」
 そして彼女はステッキをバトンのように回しながら高々と掲げた。その頭上に、今までの倍近い竜巻が形成される。
 「さあ、覚悟おし!」
 ステッキの回転が止まり、床に倒れたままの彼女めがけて、それが振り下ろされる。
 その刹那。
 「かかったな!」
 弾けるように起きあがった彼女の手から、光る何かが飛ぶ。それは彼女のスティックを持つ手に、見事に命中した。
 「はうっ!」
 彼女の手からステッキが落ち、同時に竜巻も消える。中で舞っていた宝石が雨のように降り注いで、ピンクキャットは悲鳴を上げた。
 「なぜ! どうやって私の守りを!」
 頭を手でかばいながら叫ぶピンクキャットに、マノンは涼やかに告げた。
 「油断したのはそっちだったわね。竜巻を斬ったのは、中に浮いている、あたなの魔力が宿った宝石をつかみ取る為よ。魔力のシールドは、同じ波長の魔力には無効だもの」
 「くっ……」
 彼女はまだよろけている。マノンは半分だけかけてあった学ランのボタンを、ゆっくりと外しながら言った。
 「怪盗ピンクキャット、貴方を魔導法第三十二条違反と認め、ここに強制送還します」
 そして叫びと共に、大きく学ランを広げる。その内側に刺繍されていた龍の絵柄が、ぼんやりと光を放ち始めた。
 「いっけー!」
 「いっけーっ!」
 マノンと、頭上のメダルンの声が、見事なユニゾンを形成する。

 「「マノン・ドラグーン!!!」

 くおおおん、という雄叫びと共に、刺繍の龍は光となってピンクキャットに激突する。その衝撃が彼女の全身に行き渡ると同時に、ピンク色の光が彼女から立ち上った。
 「ぐわああああああっ」
 彼女の姿がこの世のものとも思えないうめきと共に崩れ落ちる。コスチュームはぼやけるように消えていき、後には全裸の彼女が残された。
 そしてその光が抜けきるのとほぼ同時に、後を追うように光の龍が天に向けて飛び、ピンクの光を一気に飲み込むと、そのままマノンの前で制止し、その場で弾けて消えた。
 こっ、ころころころ……
 それと同時に、ピンク色の石が、その場から下に転がり落ちる。
 マノンはそれを拾うと、小さく呟いた。
 「封印、完了……」


 目を覚ますと、目の前に探偵さんと、何故か学生服を来た可愛い女の子がいた。
 「出雲さん……あの、あたしは……」
 「お疲れさまでした、ゆかりさん」
 出雲さんは、優しい笑みを浮かべてあたしを見ていた。
 「貴方にとりついて悪さをしていた悪者は、彼女によって退治されました。これからはもう、貴方を悩ませることはありませんよ」
 「あの、それは、いったい……」
 あたしがそう聞いたときだった。
 「ごめんね、お姉さん。このことはまだ秘密なんだ。いいにしろ悪いにしろ、技術として使える魔法の存在は、この世界をおかしくしちゃう。だから、ゆっくり、お休みなさい……」
 女の子がそう言うと同時に、頭の上のリボンに付いた大きなメダルが、ぼーっと光り始めたような気がした。一度目覚めた意識が、再び遠くなる……


 マノンが魔法をかけると、彼女は光に包まれて、ゆっくりと消えていった。
 「いつ見ても見事なもんだな」
 送還の魔法。あるべきものをあるべき所に返す魔法だ。明日目が覚めたとき、彼女は全てを忘れている。
 この件が嫌でもボランティアになるのはこのせいであった。依頼人が憶えていない以上、料金の請求のしようがない。
 「で、どうする」
 俺は少年に聞いた。
 「明日……っていうか今日は日曜ですから、このままご一緒してていいですか?」
 「いいけど、家の方は?」
 「置き手紙してあるから、心配はしていないと思います。ま、また叱られますけど」
 困ったことに、真野少年がマイティマノンに変身すると、二十四時間その変身は解けない。適格者が女性なら、それほど問題にはならないのだが、少年の場合、そうはいかない。ばれたら大事だ。結局魔法で誤魔化すことになる。
 「んじゃ取りあえず事務所で一眠りしよう」
 「夜這いは無しですよ」
 「したら淫行だろうがッ!」




 ……とまあ、こんな話だが、使えそうか? え、没? 何でいきなり。え、ビデオのパクリだって? まあ、そうとも言えるが、それには訳がって……ああ、いっちまいやがった。ばかだねぇ、一番のオチを聞き逃しやがって。
 俺は変身が解けた真野少年を送った後、徹夜して描いた事件報告書を取り出して眺めた。表紙には何故か

 「OVA・学ラン魔女っ娘マイティマノン第七話/怪盗ピンクキャット」

 と書かれている。そう、世間の人は知るまい。一部でカルトな人気を誇る魔女っ娘アニメが、全て実話を元にしているだなんて。そしてこのビデオのおかげで、メダルンはこの世界に安定して存在できるのだ。俺も脚本や原作で金が入る。
 ボランティアなんて、そうそうあるわけない。

                                    おわり



 おまけ

 「はい、こちら出雲です。お、レオナか。どうだ、そっちは。おう、解決したか。さすがだな。で、どんな顛末だったんだ……なにぃ、コスプレしまくる羽目になっただぁ? あのお堅い学校で、何でまた……何、詳しいことは帰ってから? はいはい。そうするよ」
 




戻る


【GALLERY管理人より】
作品を見て(読んで)良かったと思ったときは、ぜひとも何かメッセージを残していって下さい。
一言の簡単なメッセージでも結構です。

・「面白かった」「もっと続きが読みたい」といった感想
・「○○の出番を増やしてほしい」などお気に入りのキャラに対するコメント
・「△△さん、頑張って下さい」など、作者さんへの励ましの言葉

…などなど、御自由にお書き下さい。
ただし、誹謗中傷のようなコメントは御遠慮下さい。

●既に書かれている感想を見る

コメント:

お名前:

※匿名・仮名でも構いません。



※書き込み後は、ブラウザの「戻る」ボタンで戻って下さい。