「ないしょの恭平くん」

作・真城 悠


 明らかに制服とわかる少女が歩いていた。

「小早川…恭子さんだね」

 警戒の色を解かずにその少女は答える。

「はい。そうです」

 目の前に黒ずくめ…では無いが灰色のスーツの中年男がいる。

「じゃあこれ…」

 一万円札が複数枚、少女に手渡される。

「確かに」

 慣れた手つきで財布にしまいこむ少女…恭子。

「ところで…今夜どうだい?」

 鋭い視線で男を睨みつける恭子。

「遠慮しときます」

「三万円出すよ」

 言いきらない内に男の股間に強烈な蹴りが入った。

 

 

 どん、と机にカバンを置く小早川恭平。

「昨日はごめんなさいね」

 隣の席に座っていた景山紀子。

「まあ、仕方がない」

「今夜もひとつよろしく頼むは」

「お前本当によく見つけてくるよなあ」

「まあね。はっきり言ってあたしって経営者の才能があるみたい。…ねえ、高校卒業したら会社にしない?」

「従業員は俺一人か?冗談よせよ」

「優秀なマネージャーは貴重よ。大体あんた一人じゃ制服の調達だって出来ないでしょーが」

 

 

 紀子の用意してくれた部屋。

 そこにはセーラー服は勿論、ブレザー、ボレロなど各種制服がずらりと吊るされている。そこには特に名前のついていないそれも多かったが、いわゆる「プレミアもの」の様に名門校の名前が記されているものもある。この一角だけ見ているとブルセラショップの様だ。

 しかし、それだけでは無かった。箪笥の中には下着から始まって、全身一式の女子高生が着るに相応しい「普段着」が網羅されている。

 そして反対側には看護婦の白衣、エレベーターガールの衣装、チアリーダー、スチュワーデスの制服、何に使うのかシスターの服まであり、更に隣にはレースクイーンの水着、バニースーツまである。

 恭平は見渡すと、観念したようにため息をつく。そして直立不動になり、すうーっ、と深呼吸をして意識を集中する。

 と、彼の胸が見る見る盛り上がり…はしなかった。特に変化は無い。体型には殆ど変化は無かったが、その顔は可愛らしい少女のそれになり、さらさらの髪は肩まで伸びて行く。彼は控えめな体型の少女になってしまった。

 立派な姿見に自分の影を見る。

 そこにはだぶだぶの学生服に身を包んだ愛らしい少女がいた。

「さて…と」

 その少女は一着のこれまた可愛らしい制服をハンガーのまま取り出す。同時に箪笥から下着セットも。

「仕事仕事…」

 学生服を脱ぎ始める少女。

 

 

 彼、小早川恭平は頭に思い描いた異性に自在に変身できるという特異な能力を持っていた。しかし、それは長きに渡って自己満足の域に留まっていた。それはそうだろう。一介の高校生に女性の衣服を手に入れる機会はほぼ皆無である。

 だが、ひょんなことからそれを同級生の景山紀子に知られた時から彼の運命は変わった。同世代の女性を中心に「アリバイ工作」を請け負う非合法会社を始めたのだ。

 このアイデアは当たり、今や毎日のように仕事が入ってくる。紀子は自分で言う様に経営者の才能があるらしく、レンタルの払い下げや中古品を利用してあっという間にこれだけの衣装を揃えてしまった。

 単に性転換が出来るというのではない。「他人に成りすませる」というのがポイントだった。恭平は依頼人の素性については良く知らなかった。それは紀子の管轄だ。援助交際のアリバイ作りが多いのかな、とも思うがその報酬額が一回の援助交際で得られる収入とほぼ同じなのだ。これでは依頼人の方が割りに合わないだろう。実際には一回の仕事で十万円程度の報酬がある、と考えるのが自然だ。

 あいつ…一体どんな仕事を受けてんだ?

 すっかり可愛らしい制服に身を包んだ恭平は鏡に向かってウインクしてみた。

 完璧だ。これならばれるはずもない。

 この後、この晩の仕事で二人は図らずも国際的陰謀渦巻く大事件に巻き込まれることとなるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あとがき

 どうも、真城です。

 いやー難しかった。恐らく初めての「随意性転換」つまり自分から望んで積極的に性転換・女装するお話ですからね。しかし、思いつきで書き始めたにしては結構面白く転がりそうなんで自分でも驚いています。シリーズものに出来るほどかはともかく、このまま長編小説の一編くらいはでっち上げられそうですね。はっきり言って紀子みたいなキャラって好きなんですよ(笑)。

 まあ、「これからだぞ」って所でブン投げるという方法はシチュエーションから物語を創造する「ギャラリー」にはうってつけの方法なんですが、これは正直賛否両論ありそうですね。一応私はこれまでイラストから「起承転結」ついたお話を書いてきた積りなんですけど、「そのイラストの一場面を含む長い物語」の一部を文章にしてみる(今回のお話がまさにそうですね)、というのもアプローチの一種ではあります。

 結論の出ないまま、あとがきを終わらせて頂きます(笑)。