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メイド・イン・ヘヴン
〜天国のメイドさん〜

作:Cindy




「おーっす、委員長。」
 クラスメートに呼ばれ顔を上げたのは、ぐるぐる瓶底眼鏡の少年。
 彼の名前は寺田馨(てらだかおる)。
 しかし、あまり名前で呼ばれる事はない。
 会長、部長、委員長。果ては日直、週番、雑用係。無駄に野望多き少年は、とにかく役職名が好きだった。
 もっとも彼には、それらよりももっと好きな呼ばれ方があるのだが、残念ながら現在その呼び方をしてくれる者はいない。
「委員長さ、昨日駅前いなかったか?」
 クラスメートの言葉に、彼の頬がピクリと動いた。
「…なぜだい?」
「いやさぁ、昨日オレが駅前行ったら、委員長そっくりのヤツが大通りでケンカしてんだからびびったぜ。」
「は、ははは、別人だろう。」
 彼の頬はピクピクと痙攣していた。
「そうだよな〜っ、委員長はそんなタイプじゃね〜よな。どっちかっつーと、マッドサイエンティストだもんな。あははははははっ!」
「そうだね………フ、フフフフフフ…。」
 笑い合う二人。しかしその笑いの質は、まるで異なっていた。

 バンッ!
 玄関のドアを勢い良く開けると、寺田馨はずかずかと二階へ向かった。
「おい、かおる。いるかっ、薫!」
 二階の一室へ蹴破る様に踏み込むと、部屋のベッドでくつろいでいた人物がうるさそうに振り返った。
「何だよ兄貴。」
 そのラフなジーンズ姿の人物は、眼鏡こそ掛けていないが、馨とまったく同じ顔をしていた。
 いわゆる一卵性双生児。こっちが馨(かおる)で、向こうが薫(かおる)。
 一卵性って事で、両親は同じ漢字で違う読みにしたかったらしいが、役所がダメだったので別の漢字で二人とも「かおる」。
 彼の実の妹≠ナある。
「お前、またケンカしただろう。」
 馨が言うと、薫はしれっと言った。
「あぁ、あれか。」
 薫は、『スカートが嫌だ。』の一言で私服の私立校へ進学した、実に男らしい妹であった。
「ああ、あれかじゃない!僕のクラスのヤツに見られてたんだぞっ!」
 そんな妹に、馨は瓶底眼鏡で迫りながらまくし立てた。
「大体、僕と同じ顔のお前に妙な噂を立てられ、品行方正成績優秀前途洋々のこの僕の人生に傷が付いたらどうしてくれるんだっ!ええっ!?」
 馨の変質的な情熱に、薫はちょっと引きながら答えた。
「い、いや、別にあれはケンカなんかじゃないって。あいつら看板へこましたら逃げてったんだし…。」
「だから、女が看板をへこますんじゃなーいっ!」
 そこで馨は一拍置くと、薫の部屋を見回した。
 暖色系の色などまったくない、ぬいぐるみなどもってのほかという人間の部屋だ。
「………なっちゃいない…。」
 ポツリと呟くと、馨は前以上の情熱でもって語り出した。
「まったく、お前ってヤツはなっちゃいないっ!お前は女ってものを一体なんだと思ってるんだ!?女ってものはなぁ、もっと華奢で、恥じらいがあって、僕の事はおにいちゃん≠ニ呼んでくれて…、バレンタインには手作りチョコなんかを差し出して、『大好きなおにいちゃんへ…。』と恥ずかしそうに…。」
 だんだん話がピンポイントになって来た。
「…はぁはぁ、まあそれは置いといて………大体お前は、恋愛シミュレーションの主人公の名前をおにいちゃん≠ノして自分を慰めている、この僕の気持ちを少しは考えた事があるのかっ!」
 ひどい兄貴である。
「わ、分かったよ、うるさいな〜。これからはちっとは周りに気を付けるって。」
 兄がうっとおしいので、さっさと折れる薫。
「ふ〜っ。」
 ひとしきり喚いて少しは落ち着いたのか、馨は一息吐くと、ふと何かを思い付いた様に口の端を歪めた。
「そう言えばな、薫。」
「…何だよ、まだいたのか?」
 心底嫌そうに振り返った薫に構わず、馨は話を続けた。
「お前、そんなに女らしくするのが嫌なら、試しに明日、僕の代わりに学校へ行ってみないか?」
「へ?法政へ?」
 馨の通う法政高校は、ばりばりの男子校である。
「ちょうど明日は文化祭なんだ。入れ替わったって、ちょっとの事では分からないだろう。」
「な、何だよ。そんな事言って、妙な劇にでも出させるつもりじゃないのか〜?」
 そう言いながらも、薫は興味を引かれた様だった。
 それを見て馨は、『かかった!』と内心ほくそえんだ。
「心配するな。うちのクラスは模擬店≠セ。」
 その一言で、薫はその申し出を受け入れた。
 馨は心の中で叫んだ。
「クックック、かかったな薫っ。精々僕の身代わりを演じるが良い!ついでに少しは女らしくなりでもすれば、一石二鳥!…クックック、ハーッハッハッハッハ!」
 後半の笑いが口から漏れて、彼は妹の冷たい視線を浴びる事となった。

 そして翌日。
 県立法政高校の第24回文化祭当日がやって来た。
「………う〜、何だこの瓶底はっ。」
 薫は、馨の詰め襟に瓶底眼鏡をかけ、法政高校の廊下を歩いていた。
「頭がくらくらする…。」
 校中は文化祭当日という事で非常に活気があり、薫としては好きな雰囲気だったのだが、馨の瓶底眼鏡のせいで目が回りそうになっていた。しかし、こんな変な眼鏡は他にないので変装の為には仕方がない。
「よう、委員長。」
 廊下を歩いていると、馨のクラスメートらしき人物が後ろから声をかけて来た。
「よ、ようっ。」
 馨がどんな挨拶をしているのか分からなかったので、相手の真似をして適当に挨拶を返す。
「あ〜あ、とうとう当日になっちまったな。まったくどうなる事か。」
 しかし相手のクラスメートは、何やら薫には分からない心配をしていて気付かなかった様だ。
 その言葉に、薫は思わず呟く。
「…僕はこの姿で一日過ごせるか心配だよ。」
 だが、思わぬ返事が返って来た。
「え?委員長は着替える方だろ?」
「へ?何を着替えるって?」
 思わず見詰め合う二人。
「だって、うちのクラスは模擬店だろ?」
「いや、だからさ…。」
 クラスメートは前方を指差した。そこにあった看板は…。
『メイド・イン・ヘヴン』
 席に着くとメイドさんが飲み物を運んで来てくれる喫茶店、という凶悪な出し物である。もちろん、メイドさんは全部男。
「………は、はめられたっ!」

 かくして、法政高校の文化祭は幕を開けた。
 たこ焼き焼きそば等の模擬店から、モロにやる気のない展示、果てはミス法政コンテストといったゲテモノまで各種取り揃えていたが、やはりもっとも盛況なのはメイド喫茶『メイド・イン・ヘヴン』。
「はい委員長っ、アイスコーヒー3つ!」
「へ〜いっ」
 薫は投げやりに返事をした。
 今の彼女は、ばっちりフリフリメイドさん。その姿は、他のゲテメイドとは明らかに一線を画していた。いかに普段がアレであろうと、本物の女の子なんだから当然である。
「しっかし、何か異様に客が多いな〜。」
 それもそのはず、生徒のほとんどが彼女を一目見ようと集まって来ていたのだ。
 無論女装と思われているのだろうが、男なんてものは目の保養をする分には何でも良いのである。
「委員長っ、せっかくなんだからもっと可愛く!」
 客から野次が飛ぶ。
「へいへいっ………ちっ、どうせ何をした所で、傷が付くのは兄貴の人生だっ。………は〜い、アイスコーヒー3つお待ち〜っ♪」
 こうなったらもう、後は悪乗りするしかない。兄貴名義でとことん楽しむだけだ。
「………な、なあ。こうして眼鏡を外すと、委員長って、結構可愛いよな…。」
「あぁ…って言うか、本物の女みたいな………。」
 周囲の思惑をよそに、薫は思いっ切り愛想を振りまいた。
「委員長っ、アイスティーとオレンジジュース!」
「は〜〜いっ♪」

 そして怒涛の1日が過ぎ去り、薫は快い疲れを感じながら帰路に着いていた。
 かなりハチャメチャな感じではあったが、彼女としてはなかなか楽しむ事が出来た。
「な〜んか、男同士って妙な活気があるよな〜。後半ちょっと殺気立ってる気がしたけど…。」
 薫は、しみじみと呟いた。
「まぁ、何にしても…やっぱ、男同士ってのは良いもんだな〜っ。」

 ………かくして、少女は青春を満喫し…。
 野望多き少年の一石二鳥妹改造計画は、失敗に終わったのであった。



 後日談。
「なあ、委員長。オレたち、友達だよな?」
 寺田馨は教室の席で、血走った目の少年たちに囲まれていた。
「ああ。オレたちは何を言われても平気だぜ。」
「委員長が女…、いやいや、どんな人間だって構わないんだぜ?」
 男同士って………。
「なあ、本当の事を話してくれよ!」
 馨は、絞り出す様に呟いた。
「…薫のヤツ、殺すっ!!」

《Fin》



《 蛇 足 》

え〜と、初めまして、Cindyと申します。
この話は、イラストを見た時、初めは二人いるんだと思ったところから、
こんな話になりました。
あと、他の作品と重ならない様にとか、完結させる様にとか意識して書いたので、
イラストに対して変則的になったかもしれません。
ちなみにメイドは、MADEではなくMAIDであって、
某映画とは関係ありません。(笑)


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