子狼憂鬱

原案:「小狼・女の子の図」S羽丘さん作   

文:ことぶきひかる&NDCセキュリティサービス


「おーい、さくら、起きんと遅刻するでえ。」
目覚ましを抱えたケロちゃんの声に、さくらちゃんは、目を擦りながら、起きあがりました。
「ふわあぁ・・・」
ここのところ、ちょっと遅刻寸前だったので、今日から、時計を10分ほど早くセットしての起床です。
「お、怪獣、起きたか、今日は早いな。」
「・・・怪獣じゃないもん・・・」
桃矢お兄ちゃんのいつもの挨拶を危機ながら、さくらちゃんは、朝ご飯を食べ始めました。
お父さんは、昨日から、出張で留守。
2人だけの朝食です。
のんびりしていたら、早起きをした意味がなくなってしまいます。
朝食の後、歯磨き、そして身だしなみのチェックと、準備を整えると、いつものように、登校です。
校門の前で、知世ちゃんに出会いました。
「あら、さくらちゃん、おはようございます。」
「あ、おはよう。知世ちゃん。」
「今日は、お早いのですね。」
「うん、ちょっと、最近、ぎりぎりだったから、今日は、ちょっと早起きしちゃった。」
「けど、最近、カードに関わる事件がなくて、さくらちゃんに、特製コスチュームを着てもらう機会がなくてがっかりですわ。」
知世ちゃんの眼差しが、どこか、遠くを見つめるものに変わります。
「嗚呼、なにか、凄い事件は起こらないかしら。そして、素敵な衣装で、事件を解決するさくらちゃん、そして、それを、ビデオで撮影するわたし・・・幸せですわ!」
朝から、すっかり舞い上がってしまっている知世ちゃんに、さすがにさくらちゃんも、閉口気味です。
「知世ちゃん・・・教室、いこうよ。」
「あら、そうでしたわ。」
2人は仲良く教室へと向かいます。
「あれ?」
普段なら、さくらちゃんより、早く来ているはずの小狼くんの姿が、今日は見えません。
「小狼くん、どうしたのかなあ?」
「そういえば、今日は、まだ、みかけませんですわ。」
知世ちゃんも、小狼くんをみていないようです。
「けど、珍しいね。小狼くんが。」


予鈴が鳴り出しました。
みんなが席に着きだしたのに、まだ小狼くんの姿は見えません。
「小狼くん、今日は、お休みなのかな?カゼかな?」
「そうかもしれませんわ。さくらちゃん、後で、お見舞いにいきませんか。」
「うん、そうだね。」
知世ちゃんとお話をしながら、席に着こうとすると、教室のドアが、がらりと開きました。
後ろのドアですから、先生ではありません。
となれば・・・
予想は違わず、そこに立っていたのは小狼くんの姿でした。
遅刻しそうになったので、走ってきたのでしょうか?
その顔は、赤くなっています。
「あ、小狼くん、おはよー、今日は、どうした・・・の・・・」
いつものように、挨拶をしようとしたさくらちゃんの顔が、途中で凍り付きました。
それは、クラス全員にもいえることでした。
そこに立っていたのは小狼くん・・・多分、小狼くんに間違いありません。
なのになぜ、みんな、そこまで驚いているのでしょうか。
しかし、無理はありません。
なんと、小狼くんは、スカートをはいているではありませんか。
料理が上手で、可愛い顔立ちをしているとはいえ、小狼くんは、間違いなく男の子だったはずです。
一体、何が、どうしたというのでしょう。
よく見れば、上着も、パフスリーブの女子用のものです。
いま、小狼くんの格好は、さくらちゃんや知世ちゃんが着用しているものと同じ、友枝小学校の女子の制服です。
「しゃ、小狼くん、どど、どうしたの?その格好・・・」
これまで、カード集めで、いろんな不思議なことをみてきたさくらちゃんでも、今回のことは、驚かずにはいられません。
けど、小狼くんは、さっさと、自分の席に着いてしまいました。
クラスの中は、大騒然となってしまいました。
「さくらちゃん、李くんのあれって、もしかしたら、カードと何か、関係があるのではないかしら。」
「え、それってどういうこと?」
「大や小、それに替のカードで、姿が変わったことがありましたでしょう。小狼くんのあの格好もきっとそれと関係があるのですわ。」
なるほど、とさくらちゃんは手をうちました。
いくらなんでも無理がありすぎる発想ですが、それを受け入れてしまうさくらちゃんも、知世ちゃんとどっこいです。


クラスのみんなもびっくりしましたが、寺田先生は、もっとびっくりしたようです。
トイレとか、体育の着替えとか、どうするのか?
女子からのブーイングも加わり、色々と問題が起こりそうですが、まずは、今日は、体育の授業はないということで、それは後日にまわされることになりました。
どうにも、落ち着かない1日が終わった放課後、桜ちゃんと知世ちゃんが、小狼くんに、声をかけました。
「ねーねー、小狼くん、一体、どうしたっていうの?」
「そうですわ。もしかして、カードとなにか、関係あるんですの?」
そう質問する知世ちゃんの眼差しと口調には、カードに関係あることなら、特製コスチュームのさくらちゃんを、久々に撮影できますわ。という期待が込められていることがイヤでも分かります。
「そんなんじゃないよ・・・」
女のコになっても、小狼くんの、どこか、愛想のない口調は変わりません。
「あら、そうでしたの・・・」
知世ちゃんの声は、やはり残念そうでした。
その日は、小狼くんとさくらちゃんは、知世ちゃんの家に誘われてお邪魔することになりました。
「おれ、すぐ帰るからな。」
「あら、そういわずに。小狼くんにも、是非、着てもらいたいコスチュームがありますから。」
「な、なにい?!」
流石に、小狼くんの声も荒くなります。
さくらちゃんが着ているところを何度もみているから分かるのですが、知世ちゃんの衣装は、それほど変なものではないにしろ、他人が着ているのを見る分には可愛くても、自分で着るには、ちょっと恥ずかしいものばかりです。
初めから女のコのさくらちゃんでも恥ずかしがることが多いのですから、女のコになったばかり小狼くんの恥ずかしさは、その比ではないでしょう。
「ここ最近、事件が起こっていないので、さくらちゃんに着ていただこうと想っていた衣装が溜まってしまっていますの。いい機会ですから、李くんに着ていただこうと。」
「お、おれ、そんなの着れないからな!」
「あ〜ら、今の李くんは、女のコなんですから、やっぱり、女のコと一緒にしないと。
あら、李くんという呼び方もおかしいですわね。
やはり、李ちゃんとお呼びしなければならないのかしら。」
「今まで通りでいいよ!」
「あら、そうもいきませんわ。呼び方は、ちゃんとしないと、その方に失礼ですもの。」
眉をつり上げてみせる小狼くんですが、もちろん、知世ちゃんは動じる気配すら見せません。
「隣の部屋に用意してありますから、ここは是非着ていただかないと。」


「まあ。やっぱり、よくお似合いですわあ。」
このままでは帰して貰えそうにないということで、小狼くんは、やむなく、知世ちゃんの衣装を着てみることにしました。
今日の衣装は、ライトグレイとアイボリーホワイトのストライプのエプロンドレスと、小さなキャップ。
俗に言う、看護学校の制服と言うヤツです。
メイドさんや、アリスほど、ふりふりは多くありませんが、そのシンプルさの分、清楚な雰囲気が強く、小狼くんの髪ではショートヘアになってしまう髪型も、この衣装にはよくお似合いです。
照れたようなその表情が、その清楚さを更に引き立ててくれます。
「わあ・・・」
さくらちゃんも、小さく驚きの声をあげました。
学校の制服の時は、つい、男子の制服の時とどこか比較してしまったため、ちょっと違和感と感じていましたが、それとは関係ない、最初からの女のコの服を着ているところをみると、小狼くんの可愛さが分かってしまいます。
もっとも、さくらちゃんの方は、知世ちゃんの矛先が、変わってくれたので、ちょっと一安心。
小狼くんには悪いけど、しばらく、こうしててくれないかなあ。などと想ってしまいました。
けど、その期待も、一瞬のことでした。
「さくらちゃんだけではなく、小狼くんまで、特製コスチューム!そして、それを撮影!幸せ×2ですわあ!!」
知世ちゃんの、イってしまった声に、さくらちゃんの顔に、縦線が走ります。
矛先が変わったと言うより、2本に増えただけということになってしまいます。
もっとも、その矛をいきなり突きつけられた小狼くんの方こそ、災難ですけども。
「そうですわ。早速、ペアルックに衣装を作り替えませんと!あ、そうですわ。李ちゃんにあわせて、チャイナ風なんていいかも!」
幸いにも知世ちゃんの意識は、別の衣装を着せることよりも、ペアルック製作へと向かったようで、小狼くんは、それ以上、着せ替え人形にされることは免れたようでした。


「なんや?そんなことが、あったんか。」
「うん、小狼くん、なにも言ってなかったけど、あれって、カードを集めるために何か必要なのかなあ・・・」
さくらちゃんからの報告に、知世ちゃんからのおみやげのシュークリームを頬張りながら、ケロちゃんは、ちょっと考え込みました。
「小狼のやつ、ゆきうさぎの、気を惹こうとしとるんとちゃうか。」
「え、雪兎さんに?」
意外な応えに、さくらちゃんは、ちょっと戸惑ってしまいます。
「あいつ、なにかにつけ、ゆきうさぎのこと、気にしとって、さくらとはりおうてたやろ。」
(ま、小狼のヤツが、ゆきうさぎに惹かれとんのは、月の魔力のせいなんやけど・・・)
「そういえば、そうだけど、最近はそうでもないよ。」)
「一応、ゆきうさぎは男やから、男の子より女のコになった方が、なにかと有利やとは想うけど。
けど、そこまでするもんかいなあ・・・」
さくらちゃんの顔が、ちょっと曇りました。
「けど・・・あくまでも、けどだけど、雪兎さんが、女のコになった小狼くんのこと、好きになっちゃったらどうしよう?」
雪兎さんの名前を聞いただけで、はにゃ〜んとなってしまうさくらちゃんは、さすがに不安でなりません。
さくらちゃんの目からみても、小狼くんは可愛いのです。
「安心せい安心せい。ゆきうさぎの性格しっとるやろ?誰にでも優しいから、今更、心配するほどのこっちゃあらへん。
多分、小狼が、女のコになっても、対応が変わることはあらへんやろ。」
「そっか、そうだよねえ・・・雪兎さんて、誰にでも優しいからあ。」
雪兎さんのことを想い出しただけで、早速、さくらちゃんは、はにゃ〜んとなってしまっています。
「やれやれ、これで、大丈夫なんかいな・・・」
ケロちゃんも、流石にため息をついてしまいます。


翌日も、当然といえば当然というか、小狼くんは、女のコのまま、登校してきました。
とりあえず、昨日の時点で、小狼くんがかまわないと言い切るため、トイレも着替えも、男子の側でやることになってます。
昨日は、あれほど、一緒になることを反対していた女子ですが、いざ、手の届かない場所に行ってしまうと、やはり惜しくなってきます。
「ねーねー、トイレはともかく、着替えは、こっちに来た方がよくない?」
「男子相手で、平気?大丈夫?」
「大丈夫だよ。」
女のコになっていても、相変わらず、どこか素っ気ない小狼くんです。
一方、男の子達も、本当は、小狼くんだとは頭で分かっていても、女のコになっているとなれば、その裸に興味を持たずにはいられません。
といっても、堂々と見るのは恥ずかしいし気が引けるしで遠目から、ちらちらと様子を伺う程度ですが。
今日の授業はバスケット。
女のコになっても、小狼くんの運動神経は変わらないらしく、ばしばしとシュートを決めています。
もっとも、男子の半ズボンではなく、スパッツになったことで、ちょっと、動きづらさを感じてはいるようですが。


今日は、さくらちゃんは、夕ご飯の当番、知世ちゃんは、衣装の手直しと、とりあえず、自由行動を約束された小狼くんの脚は、いつのまにか、星條高校のグランドに向かっていました。
やはりというべきか、向こうから、雪兎くんが、歩いてきます。
一瞬の空白の後、雪兎くんが、小狼くんに気づきました。
「あれ、君は・・・あ、君は、女のコだね。」
今の小狼くんの格好は、女子の制服です。
さくらちゃん達ほど、小狼くんをよく知らない雪兎くんは、今の小狼くんを別人だと想ったようです。
「・・・君に、よく似た子を知ったたんで・・・ごめんね。その子は、男の子なんだけど。」
小狼くんは、別に気を悪くなんかしていないという風に、慌てて首を横に振りました。
「けど、本当によく似てるなあ。なにか、一生懸命なその目なんて、ホント、そっくりだよ。」
不意に、雪兎くんは、小狼くんの目を覗き込みました。
その真摯な眼差しに、小狼くんは、どきりとしてしまいます。
余りにも、真摯すぎるその瞳に、小狼くんは、なにか、自分が雪兎のことを騙しているような気になってしまいました。
遂には、その場にいることに耐えきれなくなり走り出してしまう小狼くん。
「あれ、君・・・」
もちろん、立ち止まったりするような小狼くんではありません。
「おい、ゆき、どうしたんだ。」
小狼くんの姿が見えなくなった頃、桃矢くんが、現れました。
「ぼくのよく知ってた子にそっくりな子がいたんだ。男の子じゃなくて女のコだったんだけど。」
「なんだそりゃ。」
「いや、やっぱり、女のコに、男の子に似てるなんていったら、失礼だったよね。」
相変わらず、天然な雪兎くんでした。


女のコになってから2日後の夕方、小狼くんは、さくらちゃんの家にやってきていました。
さくらちゃんが、昨夜、ケロちゃんに頼まれて、誘ったのです。
「いや〜、ほんまに、女のコになっとるなあ。」
小狼くんを、一目見て、ケロちゃんは、叫びます。
「うるさいな。余計なお世話だ。」
「なんや。女のコになっても、相変わらずかいな。」
「まあまあ、ケロちゃんも、小狼くんも。」
慌てて、さくらちゃんが中に入ります。
「まあ、今日はケンカするためにきてもろうたわけやないからな・・・さくら、おかわり。」
「もう、飲んじゃったの?」
ケロちゃんの差し出したカップを持って、さくらちゃんは、渋々、台所に向かいます。
さくらちゃんが階段を下りていく音を確認すると、ケロちゃんは、話題を転じました。
「小僧・・・というのは、ちょっと変やな。とにかく、お前、ゆきうさぎの気を惹こうとして、女のコになったんやろ。」
ケロちゃんの質問に、小狼くんは、応えようとしません。
しかし、その顔は、一目見て分かるほど、真っ赤になっています。
「どうやら図星やな。」
相変わらず、小狼くんは、応えようとしませんが、その無言が、そのまま返答になってしまっています。
「どや、女のコになったはええが、苦労しとるんとちゃうか。」
ようやく、小狼くんは、首を縦に振りました。
この3日間、女のコのトイレに、女のコの服装、果ては、知世ちゃんに着せ替え人形にされると、大変な目にあっています。
そして、なによりも、昨日の雪兎くんとの邂逅。
女のコになった方が、男の子である雪兎くんの気を惹きやすいだろうと想った故に行動でしたが、やはり、彼を騙しているということへの呵責に、小狼くんは耐えられませんでした。
「変身に魔力つこうとるから、なにか起こったら困るやろ、はよう、元に戻ったほうがええとおもうで。」
「戻れないんだよ。」
「なんやて?」
「おれの力だけじゃ足りなかったから、月の運行に助けを借りたんだよ。だから、次の新月まで戻れないんだ。」
「ありゃ、そんな都合があったんか。」
確かに、計算してみると、小狼くんの女のコになって登校した前の夜は満月でした。
「おまえ、それじゃ、後10日以上、そのまんまっちゅーことかいな?!」
ケロちゃんは、流石に頭を抱えました。
「おまたせ。」
そこに、さくらちゃんが、紅茶のおかわりを持って戻ってきました。
「あれ、どうしたの。ケロちゃん?」
「あ、いや、なんでもあらへん。あらへん。」
いくらなんでも、この事情を、さくらちゃんに話すわけにはいきません。
「変なの。ケロちゃん、あ、小狼くん、おかわりは?」
「い、いや、オレは、いい。」
一応、雪兎くんのことで、張り合っていただけに、さくらちゃんを前にすると、また昨日の呵責が蘇ってくる小狼くんでした。


幸いと言うべきか、何も起こらないまま、それから、2週間ほどして、小狼くんは、男の子に戻って登校しました。
もちろん、その間に、知世ちゃんの衣装を、何度も着せられた上のことですが。
さくらちゃんをはじめとするほとんどのみんなが、ほっとしたのは当然ですが、何名かは、ちょっと残念がっていました。
まあ、女のコになった小狼くんは、けっこうと可愛かったですから、残念がられても、仕方ないことです。
もちろん、一番残念がったのが、知世ちゃんであることは、いうまでもありません。
今回は、カードの事件も起こらないのでさくらちゃんと小狼くんのペアルックを撮影できずと、ちょっとついていない知世ちゃんでした。

子狼憂鬱 終

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