TOPへ戻る山口往還とは7  
 

 

O u t l i n e

 こちらでは路線の元となった『萩往還』と、その歴史を紹介しています。
 


 


 山口往還電気鉄道は、その名が示すとおり『萩山口往還』に沿って建設されました。
 では、萩山口往還について紐解いてみましょう。

 

参勤交代の経路として

 時代は江戸時代にさかのぼります。
 城下町の萩と、中継地となる山口、瀬戸内の港三田尻(今の防府)を一直線に結ぶこの道は、参勤交代用に整備されました。 庶民に於いても、山陰・山陽の連絡路として、また維新の志士が往来するなど、歴史的にも興味深い道なのです。

 参勤交代用の道なので、宿などの各施設はしっかりと整備されました。
 往還松一里塚宿駅、そして殿様宿泊用の茶屋などですが、今でも面影やその名残が各地に残っています。
 また、宿駅も鉄道駅として名を残しているものもあり、往時を忍ばせます。

国道としての往還

 さて、この道、明治に入ってからの変遷ですが、一般国道としての再整備の方が先になります。 元々急峻な山を一直線に貫くように伸びているため大変起伏が激しく、さすがに当時の交通手段ではスムーズな移動が困難でした。 そこで新たに迂回路を造り、なだらかなルートに変更されました。

 戦後となり、道路行政に力を入れる県の元でバイパスの整備が進み、現在では山口〜防府間は完全四車線の道路で結ばれています。

鉄道としての往還

 二十世紀初頭に民間の要望で計画された路線も、国道のそれに沿ったようです。 しかし戦後となり高性能電車などが投入されると、勾配回避よりも線形改善との声が高まり、一部の路線が敷設し直されました。 

 県央と山陰を直接結ぶ路線は他に無く、順調に利用者を伸ばしていましたが、モータリゼーションの台頭により1977年を境に利用者は減少に転じ、後の高速化工事まで衰退の一途をたどります。

そして現在

 往還道は、国道と鉄道にその姿を変え、なおも発展を続けています。
 より便利に、より早く…… 山口県の進める 『県内一時間構想』 の主要ルートとして、鉄道・国道とも、高速化に向けた工事が着々と進んでいます。
 そのひとつが、萩防南北線の高速化対応工事であり、高速車両の導入であります。

 数百年の間に姿はずいぶん変わりましたが、役割はますます重要さを増しています。
 それが新しい歴史を紡ぐ、新世紀の往還道なのです。

 


----- Yamaguchi-Okan Railways -----