戦前電車と鉄道屋さんの憂鬱

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 山口県小野田市に、最後の現役旧型国電、クモハ42が走っている。
小野田線の雀田駅から、浜河内、長門本山の極短い距離を、のんびりと走っているのだ。

記念乗車証

 その様はドッシリとしていて、何かとてもほのぼのとしている。
 塗装は昔ながらのチョコレート色で、内装も本物の木製。長い間使われているため、黒光りして凄い。まさに時代を感じさせる。

 シートはクロスシート。最近は少なくなった、向かい合わせの席だ。 今は、他人と同席になるのを嫌うから、すっかり廃れてしまったけど、見知らぬ人と話すことで、新しい出会いもあった頃が懐かしい。 実際、昔ひとりで乗ったとき、偶然同席したおばちゃんにガムをもらったこともあった。

 当日は、電車目当ての家族連れと、遠くからわざわざ来た鉄道ファンの兄さん、そして自分らだけの乗車で、長門本山へ向かった。


 長門本山駅につくと、折り返しまでの間、電車をあちこち見て回ったり、運転士さんに話しかけたりする。

◆     ◆     ◆

 カメラも持ち合わせてなかったから、手持ち無沙汰の運転士さんと色々と話していたのだが、非常に気になることを色々聞かされた。


 昔と違い、些細なミスでも責任を取らされること。
 その責任の取らされ方が、何日も終日反省文を書かされたり、入口で挨拶させられたりと、中学生レベルの反省みたいなことをさせられること。
 下の声が、まったく上に上がらないこと。
 離職や自殺がかなり増えたこと。
 聞いていて、非常に切なくなってしまった。

 昔は、電車って凄く扱いにくかったんだそうです。
 雨や乗車が多かったり、車輌の数が違うと、ブレーキの掛かり方もまるで違っていたとか。
 だから、少々オーバーランしてもそんなに文句は言われなかったようで。
 それに、上の人も、下からの叩き上げが多かったみたいですから、その辺りを分かっていたんですね。
 あと、乗客もおおらかだったんでしょう。
 今だったら、『オレ様は客だぞゴルァ!』みたいなのが多いから、(苦笑  そうも行かない感じ。

 上の方も、最近は大卒のエリート(苦笑 が幅を利かせてるので、そういうのを全然理解しないと。

 現場の声が上がらないっていうのは、例えばホームと列車の隙間について、危険なほど開いていたとしても、上に言わせれば、落ちるのはお客さんが悪いのだとか。
 昔は、列車とホームの段差がひどくかったときなどは、きちんと声をあげて改良したりしてたのに、今はたぶん、死人が出ないと改善はしないんだろう。
 ちなみに、長門本山駅も、そうやって嵩上げされたんだそうです。

◆     ◆     ◆

 出発の時間も来て、雀田への帰路へ就く。
 帰りの列車は、地元の今風の女の子(笑)や、おばあちゃんが乗り込んできた。
 やっぱり、地元の足としてもちゃんと機能してると思うと、ちょっと嬉しい。
 若い女の子が、戦前の電車の中で一生懸命携帯でメール打ってる姿が、妙にミスマッチで面白かった。


 最近は、効率とかコスト削減とか、お客様の厳しい目とやらで、運転士さんも色々と辛いらしいです。
 そういうなかで、この本山支線の旧型電車の運転は、とても気が休まるとおっしゃってました。
 そういう路線が、少しでも長く残されるといいですね。