…………パソコンの影からでてきたそれを最初に見たとき、人形かと思った。
 でも、それは背中から生えたトンボのような羽根をふるわせて宙に浮かび上がった。
 身長は一〇センチメートルくらい。可愛らしい女の子の姿をしている。
 そして、僕の目と、それ……もとい、彼女の目が合う。
 その小さなくちびるから、姿に見合った涼やかな声が僕の耳にとび込んできた。
「こんばんは。……影森マサトくん」
 …………妖精、フェアリー、ピクシィ、フェイ、スプライト――
 で、僕はそのとき、思わず 「もし万が一、こーゆーのに出会ったら言ってやろうと決めていた」 言葉を口にした。
「……妖精……………………。じ、冗談は…………よーせー」

 次の瞬間、鼻を蹴られた。
 ……痛い。少なくとも夢や幻ではないようだ。


 僕が
 魔法少女に
 なった                     原案 『まほ〜のRIBBON!』 (画:角さん)
 わけ                            CREATED BY MONDO


「……ったくもーっ、信じられな〜いっ! 普通だったら 『そんなバカな』 とか、『夢じゃないかな』 とか言って、目こすったりほっぺた引っぱったりするリアクション起こすところなのに……。
 何!? 『冗談はよーせー』!? いまどきそんな腐りきったオヤジギャグ、幼稚園児でも言わないわよっ」
「…………だからっつって、いきなりヒトの鼻先、旋風脚で蹴るやつがあるかっ!」
 机の上であぐらをかいてぶんむくれる彼女――妖精郷ティル・ナ・ノグの住人で、フィーナという名前だそうだ――に、僕は鼻を押さえながら怒鳴り返した。……小声で。
 時刻は午後十一時過ぎ。両親は下の階でとうに寝入っている。騒ぎたてるわけにはいかない。
「ま……まあ、あたしのコト見てもパニクったりしないのは、それはそれでたいしたもんだと思うけど…………。
 でも、あんたみたいなのが水鏡(みかがみ)の選んだ “適応者” だなんて、ほんと信じられないっ」
 自己紹介が遅れた。僕の名前は影森マサト。ごくごく平凡な中学三年。超能力や霊能力なんかないし、ご先祖に変わった逸話があるわけでもなく、父親は平均的サラリーマンで母親はどこにでもいる専業主婦。少なくとも夜中に妖精さんの唐突な訪問を受け、文句つけられるいわれは全くない……はずだった。
 …………ん? “適応者”? なんだそりゃ?
「そうよ。妖精郷の聖なる泉の水鏡で、どういうわけか男のマサトが選ばれたのよ」
 いつの間にか名前を呼び捨てにされていた。
 フィーナの話によると、日本のテレビアニメ(妖精郷にも電波は届くらしい)にどっぷりハマったキセノンという名前の妖精が、「よーし、ボクも平和のために、魔法の力を正義感あふれるヒトに授けるぞっ!」 と、試作品のマジックアイテムを無断で持ち出してこっち(人間界)に降りてきてしまったため、そのオタク妖精を連れ戻し、アイテムを回収する使命を帯びて彼女がやって来たのだそうだ。
「ふ〜ん、何処にでもそんなやついるんだな……ま、がんばれよ」
 僕はわざと感慨深げにそうつぶやき、椅子をくるりと後ろに向けた。
 だが、フィーナは後ろ襟をつかんで思いっきり僕の頭を引き戻す。こいつ、小さいくせに妙に力が強い。
「な〜に他人事(ひとごと)みたいにいってるのよっ。マサトがあたしと組んでそれをやるのよ」
「だからなんで僕なんだっ?」
 そんなこったろうと思いつつ、僕は頭を仰向けにのけぞらせたまま彼女にくってかかった。
「…………聖なる水鏡が選んだから……。それにキセノンの残り香がこの近くにあったわ。変な人間にアイテムの力が授けられて、マサトのまわりのヒトが巻き込まれでもしたら、……寝覚め悪いでしょ?」
「理由になってないぞ……」
 あとで分かったことだが、妖精などが突然目の前にあらわれても動じずに会話を成立させられる神経の図太さが、選ばれた理由のひとつなのだとか。
「とにかく、キセノンを捕まえてそれを取り返さないと、地球のピンチなのよっ」
 …………いきなり大きくでたな。「おい。なんか、あせってないか? お前」
「べっ……べべべべ別にっ」
 怪しい。
「ふ〜んっ」 僕は黙ってじと〜っとフィーナを見つめた。やがて彼女は、目をついっ、とそらした。
「……………………わわわ分かったわよっ。じ、実はアイテムの管理責任取らされてるのよっ!」
 やっぱり……。
 要するに “尻拭い” というやつだ。
 ちなみに持ち出されたそのマジックアイテムは、“素質” のある人間の身体を魔法が使えるように造り替える代物なのだとか。
 ま、確かに、うかつな人間の手に渡ったらえらいことになる……。
「…………だからその “素質” のあるマサトが同じアイテムを使って、キセノンをとっ捕まえてくれないとっ」
 そう言いながら、フィーナは何処からかピンク色した布のようなものを取り出した。
「リボン……?」
 幅広のリボン風髪飾り。結び目に五芒星(ごぼうせい)の刻まれた金色のメダリオンがはめられている。
「もしかしてこれって、女の子用じゃないのか?」
 いかにもな雰囲気のするそれを指でつまんで、しげしげと眺めてみる。フィーナは明後日の方を向き、
「…………ふっ。最近の女の子は、援交だのなんだのと、妙にスレてるから心がピュアじゃないのよ……」
 遠い目をしてつぶやくように言う。なんかごまかされたような気分だ。
「と、いうわけで、さあ、これを付けてマサトも魔法が使えるようになってもらうわっ」
 試作品じゃないから問題はない、ということなのだが……、
「……やなこった」
「問答無用っ!」
 リボンを抱えて、いきなり僕の顔に突っ込んでくるフィーナ。びっくりした僕は思わずベッドの上に倒れ込み、そして頭の上で、カチッと音がした。
「ふっふ〜んっ。装着完了♪」
 妙に弾んだ声でフィーナが声を上げた。反射的に壁の鏡を見ると、そこには頭にリボンをのっけた僕の顔が。
「ううっ……………………うわわわわわっ!!」
 こっ恥ずかしさが一気に押し寄せ、僕はあわてて頭のリボンをむしり取ろうとした。が――。
「いででででっ! ……は、はずれないっ!?
「ああ、メダリオンから伸びた繊毛状の端子が、頭の中にもぐり込んで直接大脳にアクセスしてるから、無理にはずそうとしたらマサト死んじゃうよ」
 可愛い顔でさらっとコワイことを言う。「――ほらっ、某強殖装甲のコントロールメタルみたいなやつよっ」
 う〜ん、フィーナも結構マニアック…………………………………………じゃなくてっ!
「お、お、おっ、おまえなああああああっ! 男がこんなリボン付けてたら恥ずかしいだろがっ!」
 はずせない。はずせない。ああ、二度と家の外には出られない……。
「心配ないって、それ普通のヒトには見えないもん」
「そういう問題じゃないっ!」
「……それに、じきに気にならなくなるよ。マサト」
 ニコニコしながらフィーナが僕の顔の前に来た。賭けてもいい。こいつは絶対状況を楽しんでいる。

「……………………魔の力秘めし帯よ。その力にて契約者を…………あるべき姿に変えたまえっ!!

「いつ契約したあああっ!!」
 しかし次の瞬間、リボンの端がいきなり長く伸びて、僕の身体にぐるぐると巻きついてきた…………。


「…………うん、できたっ。……さあ、今日からあなたはアイテムチェイサー、魔法闘姫(とうき)マリアよっ」
「……えっ!?
 訳の分からないまま呆然としていた僕は、フィーナのその言葉で我に返った。「あ…………あ、あたしいったい、どうした……の?」
 ……あれ? なんか変だ。
「あ…………やだ、あたしの声……こんなに高かったかしら? …………って、あ、あ、あた? ……あ、あ、たし…………って、ど、どうして…………どうして女言葉なのおっ!!??」
 思わず甲高い声を上げる僕。サラサラした長い髪が丸くなったなで肩にまとわりつき、細くなった自分の腕が目にとび込んでくる。小さく、華奢になった両手は、いつの間にか杖(?)みたいなものを握っていた。
 反射的に自分の身体を見下ろすと、ブラウスの胸が豊かに盛り上がり、ミニスカートからキレイなナマ脚が二本、すらっと伸びている。「ま……まさか?」
 思わずさっきの鏡に目をやると、そこにはびっくりした表情を浮かべた髪の長い可愛い女の子の顔が映った。
 そして……“彼女” の頭の上には、さっきまで僕の頭にあったピンク色した大きめのリボン風髪飾りがのっている。
「きっ、きゃあああああああああっっ!! あ、あたしお、女の子になってるううっ!」
 胸は詰め物でなく本当にあった……。男のシンボルはキレイさっぱりなくなっていた…………。
 僕は思わず悲鳴を上げた。よくそのまま気絶しなかったものだが、それも “素質” のひとつらしい。
 フィーナが何やら細工をしていたらしく、その金切り声は幸いなことに隣近所の迷惑にはならなかったが。
「すっごーい! 思ってた以上よっ。
 でもさすが水鏡が選んだだけのことはあるわね。……こんな完璧に適応するなんて思ってもみなかったわ」
「ふ、フィーナっ、……元に戻してっ!」
「どうして? こんなに可愛いのに」
 にまっと微笑み、彼女は僕のまわりをしげしげ見つめながら飛び回る。
 ……お、おい。そんなに可愛いのか? 僕は。
 僕は半ば無意識に左手に杖を持ち、右手を開いて前にてのひらを向けた。
 空気中の水分を霧状にして、そこに自分の姿を投影する。即席の姿見だ。
「う、うそっ!……もうそんなことができるの!?
 驚くフィーナ。でも僕の意識は、そこに映った自分自身に完全に釘付けになっていた。
「あ…………こ、これ……、あたし……?」
 丈の短い純白のジャケットと、エンジ色のミニスカート。アクティブな中にも可愛らしさが見え隠れする、長い黒髪のリボン美少女。それが今の…………あたし。
 ま、まずい。モノローグまで女の子になってきちゃった。
 でも……あたしは、胸とお尻を包んでいるランジェリーの肌触りに身体の芯がキュッと引き締められ、それと同時に何やら満ち足りた気持ちが心の中に芽生えてきたのを感じていた。
「…………元に戻してあげてもいいけど、キセノン捕まえるのに、協力してくれるわよ……ね?」
 フィーナが耳元でささやきかけ、あたしの意識は引き戻される。
 もうっ。ここまできたら選択の余地なんてないじゃないっ。「……わかったわ。協力するから、はやくあたしを男に戻してっ」
「ねえ、マリア」 「何?」
 『マリア』 という名前が、以前から自分の名前だったような気がして、あたしは間髪入れずに返事をしてしまった。
「……いっそのこと、そのままで暮らさない? 近しいヒトの記憶操作や戸籍の改ざんなら、あたしでもできるよ」
 一瞬、それもいいかな……と思いかけ、あたしはあわてて首をぶるぶると振った。
「い・い・か・ら・早く戻してっ!!」


 このあと僕はフィーナに協力して…………もとい、たびたび無理矢理女の子に変身させられて、オタク妖精キセノンと彼に魔法を授けられた 『自称・正義の魔法少女』 を相手に戦いを繰り広げることになるのだが……
 それはまた、別の話。


                                                         おしまい


 CGイラストからお題を読み取って、お話にまとめあげる。
 ……いやあ、こんなにむずかしいとは思わなかった。
 お脳のいつもと違う場所を使ったため、ちゃんとした話になっているかどうか非常に不安です。
 今回は 「イラストに合わせたストーリー」 ということでここまでとしましたが、このあとの展開はおぼろげながらわたしの頭の中にあります。
 マサトくんは、長時間マリアに変身していると、男に戻る気がなくなってしまう…………とか。
 う〜ん。まるでテッ〇マンブレード。

                                              1999.8.11 MONDO


〈NEXT EPISODE?〉
 オタク妖精キセノンを捕まえ、マジックアイテムを奪回すべく、身についた魔法の特訓をすることになったマサト……もとい、魔法闘姫マリア。
 しかしキセノンは、すでに正義感あふれる少年に、魔法の力を(無理矢理)授けてしまっていた。
 その少年の名は、女美川……
 次回、『僕が 魔法少女と 戦う わけ』。




 なあんちゃって。