リバースリング超弩級番外編

代役はメイドさん?

原案:「委員長はメイドさん?」いしがき・てつさん作
文:ことぶきひかる&NDCセキュリティサービス


「孝文、ちょっと孝文・・・」
背後からの声に、孝文は、振り返る。そこに立っていたのは、幼なじみの千晶だった。
学園祭の午前中、自分のクラスの仕事も終わり、孝文は、他のクラスや文系クラブの展示を見てまわろうとしていたところだった。
千晶は、演劇同好会の主要スタッフだった。
そして、学園祭の午後から、その発表会があるのだ。
千晶という行動力のある会員の参入により、昨年、そして、今年と、同好会の評判は悪くない。
この学園祭での発表の結果如何によっては、正式な部への昇格もありえるのだ。
千晶だけに限らず、メンバー全員の力が入ろうというものだ。
もっとも、お陰で、孝文は幾度となく、その手伝いをさせられることになったのだが。
「今日の舞台のことなんだけど、メイド役のコが、急に腹痛起こしちゃって、休んじゃったの。」
なにしろ、同好会だけに、その人数は少ない。
1人休んだだけで、致命的なことになってしまうのだ。
「代役、立てられないのか?」
孝文の返答に、千晶は、小さく首を振る。
「あのコ、背が145しかなかったのよ。彼女にあわせて作った衣装だから、他のコは着れないの。」
「そうか・・・1年生とかから、それらしいコ頼めないのか?」
「今からじゃ、台本、覚えられないよ・・・で、孝文、確か、台本に、目、通してるし、確か、稽古の時、代役やってくれたことあるよね・・・」
半ば強引に引き込まれたのだが、確かに、通し稽古も2度ほど参加させられた。
「そ、そりゃ、確かに、色々、やらされたな・・・こっちも準備で忙しかったのに・・・」
「そのことついては、謝るからさ。ちょっと頼み事があるんだけど・・・」
「ちょっと、待て。まさか、オレに、そのコの代役をやれっていうのか?確かに、セリフは、少しは覚えてるし、全体の流れを把握してる分、多少は、いいかもしれないけど、いくらなんでも、145センチのコの服は着れないぜ。だいち、オレ、男だし・・・」
「その点については、良い考えがあるの。とにかく、台本の中身を把握している人間が必要なの。手伝ってくれる?」
良い考えという言葉に、孝文の背筋に、冷たいモノが走った。
こういう状況下での、千晶の良い考えが、孝文にとって、災難でなかった試しがない。
「どうなの。手伝ってくれないの?」
腰に手を当て、強請るというか、否定を許さないような口調と眼差しで、孝文を問いつめる千晶。
「・・・分かった。分かったよ。手伝えばいいんだろ手伝えば・・・」
「そう言ってくれると想った。ありがとう。孝文クン。」
お前が言わせたんだろう。と孝文は想ったが、口にはしない。
「そうそう、孝文、確か、中1の頃、身長140ちょっとだったよね。」
「ああ、確かそれくらいだったけど、それがどうした?」
「あ、いいの。ちょっと確かめたかっただけだから。とにかく、来て。」


演劇同好会の準備室に振りあてられた教室。
他のメンバーは、舞台の方で準備をしているのか、今は、孝文と千晶の2人きりだ。
そこで、千晶が取り出して見せたのは、銀色の指輪だった。
「なんだこりゃ?」
「いいから、はめてみて・・・もう時間がないから。」
「ん、分かった。」
言われるがままに、指輪をはめる孝文。
「さ、はめたぞ。で、オレに頼みたい事ってこのことなのか・・・あれ?」
不意の目眩・・・
自分より、20センチは背が低いはずの千晶の顔が、視界の上方へと移行していくかのような・・・
ハッと想うと、目眩は終わっていた。
「・・・あれ?」
視界の低さはそのままだ・・・
まるで中腰でいるかのような視線の位置・・・
いまだ、千晶の顔は、彼の頭上にあった。
「わあ、うまくいった!」
孝文の頭上で、千晶が歓喜の声をあげた。
「な、なんだよ。うまくいったって・・・それに、オレ、どうなっちまったんだ?」
事態を把握できず、千晶の問いかけた孝文は、別の異変に気づく。
「あ、あれ?声が・・・なんだ?!この声って?!」
そう叫ぶ声もまた、子供のような声だ。
「わあ、声もちゃんと変わってる。」
「ど、どういうことなんだよ。オレ、一体・・・」
孝文の声は、既に涙が混じりそうになっていた。
「さっき、渡した指輪。リバースリングっていうの。」
「りばーすりんぐ?」
「そう。その名の通り、はめた人間を若返らせる指輪。今回、孝文に渡したのは、特別版で、13歳まで若返った上で、はめたのが男の子だった場合、女の子にしちゃうんだけどね。」
「え、若返った上に、女の子に・・・じゃあ、オレって・・・」
「んーとね、じゃ、こっちに来てみて。」
そういいながら、千晶は、孝文の手をとると、部屋の隅に置かれた姿見の前につれていった。
途中、足下に弛んだスラックスとダボダボになった靴に蹴躓き、転びそうになる。
鏡に映った自分の姿を見て、孝文は絶句した。
「な・・・」
鏡に映っていたのは、中学生と思しき、小柄な少女の姿だったのだ。
しかも、彼女が着ているのは、先ほどまで孝文が着ていた男子の制服だ。
「な、こ、これが、オレなのか?」
ともすれば、サイズの大きすぎる男子の制服に埋もれそうになりながら、鏡の中の少女は、今にも泣き出してしまいそうな表情で呟く。
「けど、孝文が、女の子になると、こんなに可愛くなるなんて想わなかった。これなら、舞台映えも充分ね。」
「舞台映えって、オレを舞台にあげるつもりか?!」
「当たり前でしょ。メンバー以外で、台本をちゃんと把握してるのは孝文しかいないんだから。」
「それより、お前、なんで、こんな指輪なんて持ってんだよ?」
「手に入れたのは偶然なんだけどね〜。なにか、必要になるような気がしたから、今日は持ってきてたんだけど。まさか、こんなところで役に立つなんてね。」
「そ、それなら、お前が、つければいいんじゃないか?」
「あたしが?だって、あたし、音響と照明の管理で手一杯だし、だいち、あたし13歳の頃、150以上あったから。他の人には、できれば、この指輪の秘密は、他の人に知られたくないしね。」
その秘密を明かしたと言うことは、それだけ信用されているということかもしれないが、千晶と自分の場合、後で言いくるめやすいということになるのだろう。
「えーい、こんな指輪なんか・・・」
孝文は、自分の指にはまった指輪を引き抜こうとするが、指輪は、まるで、きっちりとはまってしまったかのように、びくともしない。
指そのものは、細くなっているようなのに。
「無理に外そうとすると、そのまま元に戻れなくなるわよ。」
千晶の言葉に、孝文は、慌てて手を離した。
「今日の舞台が終わったら、後で、ちゃんと元に戻してあげるから・・・」
こうなれば、千晶のいうことに従うしかなさそうだ。
下手に断ったら、一生、このまま・・・とまでいかなくとも、2,3日元に戻して貰えないことにされかねない。
「わ、分かったよ。舞台には協力するから、それより、ちゃんと元に戻れるんだろうなあ。」
「大丈夫。孝文が、おかしなことさえしなければ問題ないから。それより、着替えないと。」
「着替えるって?」
「舞台衣装に決まってるでしょ?だいち、そんな格好じゃ、校内を歩けないじゃない。」
そういいがら、千晶は、ケースから、白いエプロンのついた黒のワンピースと白のタイツ黒い革靴を引っぱり出した。
145センチ用に作られただけあって、ぱっと見ただけで、小さいことが分かる。
もっとも、今の自分は、それが着られるほど、ちっちゃくなっているのだが。
「こ、これをか・・・」
渡されたワンピースを手に取りながら、孝文は、情けなさそうに呟く。
「早く着替えちゃって、最後の通し稽古に参加したいから。」
急かすような千晶の声に、孝文は、渋々、シャツのボタンをはずし、スラックスを脱ぎおろす。
ワンピースを頭からすっぽりとかぶった。
受け狙いのためか、かなりのミニスカートで、タイツをはいているとはいえ、かなり恥ずかしい。
今度は、背中のボタンが、なかなかうまくはめられない。
「あ、待って。あたしが、はめたげるから。」
手際よくボタンをはめていく千晶。
「ちょっと、座って。髪梳かさないといけないし、ヘアタイもつけなきゃいけないから。」
椅子に腰をおろした孝文の髪を、千晶はブラシで、梳かし始めた。
ブラシが撫でるように自分の髪を梳いていく感触は、むしろ心地よいものだったが、ここまで、千晶にいいようにされていると、まるで自分が着せ替え人形にでもされているようで、孝文は面白くない。
最後に、ヘアタイをピンで留める。
「さ、完成。我ながら、いいできです。」
満足そうな笑みを浮かべながら、千晶は、ブラシをおいた。
確かに、出来はいい。
孝文自身そう想わざるを得なかった。
それほど、鏡の中の少女は可愛らしかった。
メイドという、普通なら、この年齢の少女が着ることのないはずの服装が、かえって、この少女の魅力を高めているかのようだ。
(う〜ん、確かに、可愛いよな・・・オレって、女の子に生まれてたら、こんな可愛いコになってたんだ・・・)
「見とれてるトコ悪いけど、それじゃ、ちょっと来て。」
「え?・・・来てって、一体どこに?」
「いくら、台本を把握してるからって、演技するとは別の問題なの。午前中に最後の通し稽古するから、つきあって!」


こんな格好で、校内を歩きまわることは、かなりの恥ずかしさが伴うモノだったが、幸いと言うべきか、学園祭の雰囲気のお陰で、それほど奇異な目で見られずには済む。
それでも、小柄な少女が、メイドのコスプレをしている様は、やはり人目を引かないはずがない。
「きゃー!可愛い!」
途中、幾度となく女生徒に、頭を撫でられたり、写真を撮られたりしてしまう。
また、千晶が、愛想良くそれに応じてしまうため、孝文は、ほとんどペットか着ぐるみ扱いだ。
孝文本人は恥ずかしくてたまらないのだが、可愛らしい少女が恥じらっている様は、かえって、その可愛らしさを強調することになってしまう。
ステージ脇の控え室にたどり着いた頃には、孝文は、すっかり、まいってしまっていた。
「お待たせ。代役のコ、見つけてきたよ。」
ステージ上で、最後の調整とセットの準備をしていたメンバーが、千晶の声に振り向く。
「え、このコ?」
既に、衣装に着替えていることから、孝文が、その代役であることはすぐ分かったのだろう。
視線が、孝文に集中する。
「彼女、以前、台本を読んででるから、セリフとか、覚えてくれてるはずなんだけど、とにかく、他に代役見つける当てがもうないんだから。」
「確かに、衣装とか、問題なさそうだけど・・・あ、名前、なんていうの?」
問いかけに、孝文は困ってしまい、千晶に視線で助けを求めた。
え、名前・・・あ・・ふみ、まふみ、そう!まふみちゃんていうの。無理矢理頼み込んだから、ちょっと、緊張しちゃってるから、あんまし、追いつめないようにしてね。」
どうにか、通し稽古は終わった。
「なかなか、うまくやってるじゃない。まふみちゃん。」
どうにか、2人っきりになったところで、孝文に話しかける千晶。
「勘弁してくれよ。女の子の演技した上で、また演技しなけりゃならないんだから・・・」
いかにも疲れ切った表情で、応える孝文。
「あ、そうか。さっきから、まふみちゃん、なんか可愛いと想ったら、女の子の演技してるせいか。」
うんうんと頷く千晶に、孝文は、再び頭を抱えることになった。
そして、いよいよ本番・・・
孝文の出番は、中盤以降・・・
先ほどの稽古と違い、今度は、観衆がいる。
女の子になっただけでも恥ずかしいのに、今度は、しかも、メイド服・・・
それを、観衆の目に晒すことになってしまうのだ。
「千晶、オレ、やっぱり、恥ずかしいよ・・・」
今にも消え入りそうな孝文の声。
「ここまできたら、もうじだばたしないの。さあ、出て。」
踏ん切りのつかない孝文を、千晶は、半ば突き飛ばすように、舞台へと押しやった。


カーテンコールにまでつきあわされて、ようやく、孝文は、解放された。
「きゅう・・・まいった・・・」
慣れない女の子の身体に加え、スカート・・・それもメイドさん、更に、演技までさせられたのだから、疲れないはずがない。
孝文は、だらしなく、パイプ椅子に腰をおろす。
「もう、まふみちゃんは、女の子なのにはしたないわよ。」
「まふみは、もうやめてくれって・・・それより、早く、元に戻してくれよ。」
ヘアタイをとり、革靴を脱ぎ捨てながら、孝文は応える。
今日一日で、だいぶスカートとかにも慣れたとはいえ、恥ずかしいことには変わりはない。
「あ、それ、24時間、経てば勝手に戻るから。」
千晶の言葉に、孝文の表情が唖然としたものにかわる。
「な、なんで、それを先に言ってくれないんだよ!」
「だって、それ言ったら、まふみちゃん、手伝ってくれなかったでしょ?」
まだ、まふみちゃんと言われたことも手伝って、頭を抱える孝文。
「じゃあ、今夜、オレは、どこに帰れっていうんだよ。」
「あたしの家に泊まってけばいいわ。大丈夫、孝文の家の方には、あたしから、うまくいっとくから。折角だから、他にも、いろんな服来てもらいたいし。」
「え!まさか、お前、初めから、そのつもりで・・・」
もう逃がさないわよという笑みを浮かべる千晶。
結局、この後、千晶の着せ替え人形にされただけでは事は済まなかった。
翌日、孝文は、無事、元に戻り、演劇同好会は、この舞台の成果で、翌年部活への昇格を果たすのだが、その時、舞台にあがったメイド役の少女が、男性生徒に大受けしたのだ。
正体不明のこの少女に、ファンクラブさえできるありさまで、その結果、孝文は、またもや、あの指輪をはめることになってしまった。
孝文の災難は、まだ終わりそうにない。

To Be Continued?


某所で、シリーズ化を目論んでいる真っ最中の「リバースリング」を、変形させて、流用してみました。
そのうち、「リバースリングF」とかいうタイトルで、使ってみようかとか考えてたしね。

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