天網恢々そもそも洩らさず

原案:「天罰覿面」みっしんぐさん作
文:ことぶきひかる&NDCセキュリティサービス


魔がさしたとしかいいようがない。
けど、あれくらいのことで、こんな目に遭わなくちゃならないなんて・・・
箒を動かす手を緩めながら、龍樹はそう想わざるを得なかった。
この世には、神も仏もないのか・・・って、自分をこんな目に遭わせたのは、その神様そのものなのだが・・・
頬にかかる長い髪を払いつつ、龍樹は、自分の胸のあたりから下半身までを覆っている赤い袴をみつめ、ため息をついた。


龍樹の家は、代々続く神社の宮司だった。
この神社は、構えこそ小さいモノの、室町時代後期から続く、かなり由緒正しき神社だそうで、企業や各団体からの寄付も、決して少ないモノではない。
こういった家の子供は、たいてい、幼い頃から、家の仕事を手伝わされるという相場が決まっており、一人っ子である龍樹となれば、その傾向は更に強まるはずなのだが、なぜか両親は、そうしようとする気配すら見せなかった。
どうやら、現在の宮司に当たる龍樹の父親自身、若い頃には、家業を継ぐつもりなど毛頭すらなく、それどころか今の彼を見ている分には信じられないような、かなり、とんでもないことさえしていたらしく、それが、息子へ、家業を強制できない負い目や引け目になっているようなのだ。
そのせいか、現在のところ、龍樹には、家を継ごうという、はっきりとした意志はない。
しかし、だまっていても、宗教法人という境遇が転がり込んでくる彼の立場は、はっきりいって美味しい。
ある意味、サービス業ともいえる宗教法人は、お賽銭に代表されるように景気の動向を受けてしまうことはさけられないが、何百年も続いた神社となれば、よほどのへまをやらかさないかぎり、食いっぱぐれることはない。
だが、まだ高校生である龍樹が、それを気づこうはずもなかった。
それでも、最近は、忙しい時には、ちょこちょこと手伝うようになっていた。
「おはようございます。」
今日も殊勝にも、石段を掃いていると、バイトの女子大生が声をかけてきた。
巫女さんの容姿で、おみくじや破魔矢の売れ行きが左右されるということは、もはや、周知上の事実だ。
巫女さんの格好そのものに憧れる女の子は多く、しかもやってることが破魔矢やおみくじなどのただの売り子程度のことで、コンビニやスーパーに比べて遙かに割のいいバイト代を貰えることもあって、毎年の募集には、かなりの申し込みがある。
その中から選び出されるだけに、美女に美少女、それも、巫女さんの格好が似合いそうな女性ばかりが揃っている。
龍樹が、最近、手伝うようになったも、彼女たちの存在が大きい。
神社を掃除していれば、この神社にのぼってくる彼女たちに出会ったとしても、なんら不思議はないのだ。
それどころか、彼女たちからは、「今時、家の仕事を手伝うまじめな男の子」としてみてもらえる。
そんなわけで、最近の龍樹は、バイトの人間が増える土日や祝日などは、言われるより先に、境内に足を運んでいた。
充分すぎるほどの下心をもった龍樹だったが、今だ、彼にも果たせぬ事があった。
それは、バイトの女の子達の着替えを覗くことだ。
こういったことが長いこともあり、神社の敷地の一角には、休憩室と仮眠室も兼ねた更衣室が建てられていた。
健全な高校男子である龍樹が、女子大生・・・充分に熟れた女性の身体に興味を持たないはずがない。
その着替えを覗きたいと、前々から想ってはいるのだが、最近は、カメラ小僧やストーカー対策として、その辺のガードがなかなか厳しい。
これまで、幾度となく、機会を狙っていたのだが、その都度、未遂で父親に見つかったり、窓がきっちりとしまっていて、覗くどころはなかったりと、成功した試しはない。
しかし、その日は違った。
父親が、氏子の1人である某企業の社長宅に呼ばれている最中のことだった。
今日もダメかなあ・・・と半ば諦めつつも諦めきれない中途半端な思いで、講師いつの裏手にまわってとき・・・
普段なら、ぴったりと閉まっているはずの窓が、5センチほど開いていたのだ。
しかも、その向こうからは、明らかに女性のモノとわかる声が聞こえてくる。
(嗚呼、神様ありがとう・・・)
他ならぬ宮司の跡継ぎが、そう想うとは身も蓋もない話だが、当人は、文字通り天にも昇る気持ちだった。
と、同時に、ここで焦るなという妙に冴えた考えが浮かび上がってくる。
ここで大騒ぎをしては、未遂で見つかってしまうという後悔しても後悔しきれないことになってしまうだけだ。
まず、這うほどに姿勢を低くすると、音をたてないようにたてないようにと、じりじり壁際まで近寄る。
この位置まで来れば、室内から見つかることはない。
壁にぴったりと背をつけたまま、じりじりと、窓に顔を寄せる。
後数センチで、室内へと視線が届く。というその時、
「愚か者!」
いきなりの怒声に、龍樹は身をすくめた。
「子宝と安全を祈願とするこの社で、その御子たる女性の着替えを見ようとするとは、なんたる不心得か!」
声のした方へと、龍樹が顔を向けると、赤い衣に金色の刺繍、そして、銅と金銀の冠をかぶった、女性が、そこに立っていた。
「この愚か者め!血は争えぬとはいえ、いつまでも、このような振る舞いをしておるとは・・・」
その女性は、憤懣やるかたないといった口調で言葉を紡ぐ。
「ひと思いに、手をかけたいところじゃが、わが氏子の血筋を手にかけるわけにはいくまい・・・これまで通り、その身をもって、自らの犯した罪の重さを実感するがよい。」
「え?!」
女性の手から、光が飛びだし、龍樹の視界は、その光に覆われた。


光が視界を覆っていたのは、ほんの一瞬のことだったらしい・・・
おそるおそる視界を庇っていた手をどかす龍樹。
「な、なにがあったんだ・・・」
あの女性は、まだ目の前にいた。
「な、何が、一体・・・」
自分の置かれた状況を確かめようと、周囲を見渡そうとする龍樹。
頭を左右にと振ると、なにか、柔らかく滑らかな・・・心地よい肌触りともいえる存在が首筋と頬をなで、クモの糸のように細く長いものが、視界を横切った。
「え、なに?」
それを確かめようと、首と額に手を当てる龍樹。
指先に細い糸のようなものが絡みつき、同時に、自分の髪が、軽く引っ張られているかのような感触が伝わってくる。
「な、これは・・・」
細長いそれを指に絡めたまま、目の前へと導く龍樹。
光沢のある滑らかな・・・黒曜石を想像させる長い癖のない髪が、龍樹の視界の中に割り込んできた。
指に絡めたまま、目の前へと持ってこれるほど長く伸びた髪。
それが絡まっている指そのものも、男の指とは想えないほど細く白い・・・
そして、その腕を覆っているのは、先ほどまで、龍樹の着ていた灰色の作業着ではない。
白い着物に、胸のすぐしたまで覆った赤い袴・・・
ご丁寧に、足には白い足袋に雪駄まで履かされいた。
この格好は、巫女さん以外のなにものでもない。 
このまま有明にいけば、たちまちカメラ小僧のアイドルだ。
って、今はそれどころではない。
長く伸びた髪に、細い指、そして巫女さんの格好・・・
「な、なんなんだよ!これって!」
まるで、アニメかゲームのヒロインを想わせる可憐な声が聞こえた。
町中で聞いたなら、想わずその方向へと振り返ってしまうような魅力的な可愛らしい声だが、それが、自分の口から発せられたらしいとなれば、事情は変わってくる。
「まだ、気づかぬか・・・ニブイ男じゃ・・・」
その女性は、やや呆れたような口調で呟く。
「お前の身体を、おなごに換えたのじゃ。」
「え?!おなごって・・・!おなごって、女の子かあ?!」
「他にどういう意味がある?」
「女の子って・・」
おそるおそる自分の胸へと視線を向ける龍樹。
先ほどは気づかなかったが、確かに白い着物は、その胸のあたりが、やや圧迫されているとはいえ、膨らみを見せていた。
「そそ、それじゃ・・・」
着物越しに胸に手を当ててみる龍樹。
指先から、着物の布地越しとはいえ、確かに、拭かしたての蒸しチーズパン想わせる柔らかな存在を確証させる感覚が伝わってくる。
(や、柔らかい・・・これが、女の子の・・・)
「喜んでいられるのもいまのウチじゃ。しばらく自らの身をもって、女性の身体の重荷や苦しみを味わってみるがよい、お主が、真に反省したとき、元に戻れるであろう。」
「え、しばらくって?!」
「そうそう・・・」
もう少しで忘れるところだったという感じで、その女性は言葉を続けた。
「女になったからといって、”えっちい”なことをすると、もう二度と男に戻れぬから、十分に注意するがよい。」
再び、女性の手から、光は飛び出し、そのまま龍樹は意識を失った。


「きみ・・・君、しっかりしなさい・・・」
揺さぶれる自分の身体、そして、その声に、龍樹は、意識を取り戻した。
うっすらと目を開けると、そこには、自分の父親の顔があった。
「気が付いたかね・・・良かった・・・」
安堵の表情を見せる龍樹の父。
しかし、なぜ、息子である自分にこんな他人行儀な言葉遣いをするのだろう・・・
「見慣れない顔だが、最近は新しいバイトのこは入っていないはずだし・・・友達の代理な何かで、来たのかね?」
え、見慣れない顔?バイト?
「ど、どういう意味だよ?親父?!」
「え、親父?私は君に父親になった覚えはないのだが・・・」
怪訝そうな顔をする龍樹の父親。
突然、先ほどまでの出来事が、龍樹の脳裏に蘇る。
ハッと、頭と肩にに手を当てる龍樹。
紛れもなく、長く伸びた髪の存在が両手から伝わってくる。
視線を自分の身体・・・胴体へと向けると、今の服装は、白い着物に赤い袴・・・
しかも、胸の部分には膨らみ見て取れた。
「あ、それじゃ・・・本当に・・・」
そう呟く声もまた女の子のモノだ・・・
「どうしたのかね。君、顔色が悪いが?」
「ど、どうしよう・・・親父、おれ、女の子になっちゃったよ!!」
わあっと、龍樹は父親に縋り付いた。


龍樹の説明に、初めは半信半疑どころか、からかわれていると想っていた彼の父親だったが、やがて、家族以外は知るはずがないようなことが、女の子になってしまった龍樹の口から語られ始めると、もはや信じるしかなくなってしまった。
事の真偽はともかく、とにかく、このままにはおいておけないと、父親は、龍樹をつれて、龍樹の母親がいる自宅へと戻ることにした。
幸いと言うべきか、神社の敷地内では、宮司である龍樹の父親が、巫女さん姿の女の子と一緒に歩いてもいても、なんら不思議はない。
今の龍樹の姿を見て、流石に、母親もすぐには信じる気にはなれなかった。
むしろ自分の夫に担がれているとばかり思い込んでいたようだ。
それでも、龍樹の口から、説明が行われていくと、母親も、次第に信じるしかなくなっていた。
「そ、それじゃ、本当に、貴女、龍樹なの?!」
「頼むから、信じてくれよ。お袋。」
もはや、泣き出してしまいそうな龍樹の顔。
当人は、かなり追いつめられ必死になっているのだが、瞳を潤ませ懇願する美少女、しかも巫女さんスタイルでというのは、なかなか萌え萌えの状況だったりする。
「けど、親子2代して、同じ目にあうとはなあ・・・」
嘆息のような父親の声。
「同じ目って・・・それじゃ、親父も?!」
「ああ、父さんの時は、覗きじゃなくて、賽銭をくすねてだったが・・・まあ、まじめに、尽くしていれば、元に戻れることは確かだから、しばらく反省するんだな。」
「しばらくって・・・じゃあ、親父の時は、どれくらいで元に戻れたんだ・・・」
「1月ほどしたら、元に戻ったが・・・お前の場合、やったことが違うし、ちょっと分からないぞ・・・」
「1月・・・そんなにかあ・・・」
マンガとかだと、せいぜい2、3日で戻れるのに・・・
そう想った龍樹だったが、なにしろ相手は神様。
こうなったら、言われるままに従うしか他に手はない。
「さて、それじゃお買い物にいってこなくっちゃ。龍樹、いきましょう。」
「お買い物って、おれが?こんな格好なのに・・・」
「こんな格好だから、いかなくちゃいけないのよ。
1月になるかどうか分からないけど、いつまでも、こんな格好をさせておくわけにはいかないでしょ。女の子に、男物の服を着せるわけにもいかないし。」
「そうか、確かに女の子の服は必要だな。母さん、可愛いのを選んであげてくれよ。」
嬉しそうに応える父親。
「分かってますよ。あなた。ちょっと信じられない事実だけど、こうなったら、娘ができたと想って、楽しませてもらうつもりだから・・・」
「楽しませてもらうって・・・」
実の息子が、トンデモナイ目にあっているというのに。
両親の会話に、龍樹の表情が強ばる。
「そういえば、女の子なのに、龍樹っていうのも変な話ね、たつこやたつみっていうのも、芸がないし・・・あなた、私たちがお買い物に言ってる間に、いい名前を考えておいてね。」
「任せておけ。おれも、娘が欲しかったところだ。やはり、可愛い名前がいいだろうなあ・・・」
毎日のように、可愛い巫女さんの姿をみていれば仕方ないことだろうが、やはり父親も、可愛い娘が欲しかったらしい。
そういえば、巫女さんに、「おじさまおじさま」と呼ばれて、偉く浮かれていたことがあった。
「頼むから、親父、あんまし恥ずかしいのだけは、勘弁してくれよ・・・」
「お、そうだ。一つ、断っておいた方が良さそうだ。」
不意に、父親の口調が変わり、何か、元に戻るための秘訣でも思い出したのかと、想わず身を乗り出す龍樹。
「親父じゃなくて、お父さんって呼んでくれないか?」
すっかり浮かれきった表情で、脳天気に話す父親。
龍樹は、早くも女の身体故の重荷と苦痛を味わうことになってしまった。
この後、龍樹が、両親の着せ替え人形にだけにとどまらず、”えっちい”禁止という足枷つきな上で、女の子の身故の様々なトラブルに巻き込まれ、これなら、あんなことするんじゃなかったと彼が思い知ることになることは、神ならぬ読者諸兄にも、想像するに容易すぎることだった。

To Be Continued?


やはり、みっさんぐさんのCGは、私の創作意欲をプッシュするようです。
けど相変わらず、SSとはいえ、完結せず、この後に続くような終わり方ばかし・・・
どうも、貧乏性なんで、折角書き始めた作品、これで終わりにするにはもったいないと想っちゃうんだよね。

ことぶきひかる&NDCセキュリティサービス
http://www2s.biglobe.ne.jp/~ndcss/