キーンコーンカーンコーン…… 半日授業の土曜日とはいえ、学生にとって退屈な授業から解放される のは概してうれしいものである。 ホームルームが始まる前のひととき、仲の良い友人同士、ワイワイと これからの予定について相談し合う。 ♀「つかさちゃーん、駅前のレインボーにパフェ食べに行かない?」 ♂「おーい、有栖川、商店街のゲーセンに、「デーンファイター」の新作 入ったらしいぞ。やってみねーか?」 ♀「ダメダメ、つかさちゃんは私たちとお洋服見に行くんだからぁ」 ♂「有栖川さん、映画のチケット今日までなんだけど、よかったらどう?」 ♂「あ、テメエ、抜け駆けしてんじゃねぇ!」 ♀「そうよそうよ!!」 男女問わずに人気の的になっている人物の名は有栖川つかさ。 天王山高校1年B組出席番号3番、ついでに言うと保健委員である。 腰まである艶やかな黒髪、小造りで愛らしい顔立ち、華奢な肢体…… と、外見だけ見れば、いかにも楚々とした大和撫子系の美少女だ。 つかさ「アハハ、ごめんね。ボク、今日バイトあるから」 もっとも、1人称が「ボク」で、性格の方はアクティブそのもの。 薙刀と剣舞の心得があって剣道部のエースとも互角に戦えるほどの腕前。 趣味はパソコンゲームとモータースポーツ観戦で、目下、コツコツ貯め たバイト料で、原付を買うか、新しいPCに買い替えるかお悩み中。 さらに、体育と理数系が得意で、苦手な科目は古文と家庭科…… ときては、典型的なボーイッシュタイプと言えるだろう。 まあ、それも無理のないことではある。 3年前−中学1年生のころまで"有栖川司"は、れっきとした男の子だ ったのだから。 * * * 事の始まりは、3年前の冬にさかのぼる。 司「父さ〜ん、バイトの人の応募って、結構集まった?」 有栖川家は、地元ではそこそこ有名な地縁神社の神主を務めている。 今年も暮れから正月にかけての忙しい時期を乗り切るために、巫女さん のアルバイトを募集したのだが……。 孝治「む、司か。それがなぁ……」 腕組みして考え込む父、孝治の背後から、司はひょいと集まったバイト 巫女志願者の履歴書を覗き込む。 13歳とはいえ、司もりっぱな男の子だ。美人のバイト巫女さんがいれば それなりに嬉しいし、あわよくばおトモダチにでも……という下心が無い訳 でもない。もっとも、募集をかけているのは高校生以上なのだから、彼女 たちが小学生に毛が生えたような13歳の少年に興味を示すかどうかは、 はなはだ疑問だが……。 司「ふーん……ん? むぅ〜」 10枚ばかりある履歴書を手にとって、主に写真の部分に遠慮の無い視線 を向ける司。 司「−なーーんか、いまいちパッとしないねぇ」 ありていに言って、ルックス的に標準をやや下回るレベルの応募者ばか りだったようだ。 別に、「巫女さんは美人でなければならない」と法律やしきたりで決まっ ている訳ではないが、そこはそれ、男の浪漫というか悲しい性というか……。 「神社にいる巫女さんは、ちょっと古風な美少女であって欲しい」と切に 願ってしまうのも、まあ、無理のないことではあろう。 そういう感覚に関しては、この父子は非常に感覚が一致している。 司「これは×、これもイマイチ、これは…何とか合格、これは論外」 孝治「こらこら、勝手に決めるな」 司の手厳しい審査に苦笑しながらも、孝治も本気で止める気は無いようだ。 司「うーん、合格ラインスレスレがふたりか。ちょっとキツそうだね」 孝治「そうだな」 確かに、毎年4人のバイトを雇っても目が回るほど忙しいところを、 ふたりでしのぐのは無理があるだろう。 司「それにしても…今回はレベル低いなぁ〜。こんなんだったら、僕が 女装した方がマシなんじゃない?」 と、少々ナルシーな言葉を吐く司。 もっとも、確かに幼いころから近所で評判の美少年で、周囲の女の 子たちに騒がれ続けていれば、これくらいの自信はつくだろう。 孝治「ハハ……何バカなことを……ん?」 笑いかけて、ふと考え込む孝治。ためつすがめつ自分の息子の容姿 を下から上まで検分する。 成長が遅いのか、まだ二次性徴が始まっていないため、非常に華奢で 中性的な印象の子だ。 妻と自分のいいところだけ受け継いだような顔立ちは、女の子として 十分に通用する。 グリーンのトレーナーにブルーのスリムジーンズ、ストライプの ソックスというラフないでたちで、こたつで煎餅をかじっていてさえ、 確かに"ボーイッシュな女の子"に見えないこともない。 孝治「よし、それでいこう」 司「へ!?」 冗談を真に受けられて、司は困惑する。 司「じょ、冗談やめてよ、父さん」 孝治「いや、私は本気だが? 第一、お前から言い出したことではないか」 司「いや、だから冗談だったんだって」 文化祭の劇や、体育祭の仮装行列ならともかく−というか、そういう 機会には必ずといっていいほど、司は女役をフられていた−実家で、 しかも見知らぬ一般客に女装姿をさらすのは、さすがに抵抗がある。 孝治「そうか……バイト代を出そうと思ったのだが」 ピク! 孝治「他の巫女のアルバイトの娘たちと同額だから、3日で4万円か。 欲しがっていたゲーム機が買えたろうにな……」 ピクン! 孝治「巫女さんがショボイと賽銭その他の実入りもイマイチだろうな。 そうなれば、当然お年玉の方も……」 司「喜んでやらせてもらいます、お父様!」 ガッ、と孝治の両手を掴んで見上げる現金な司。 孝治「おお、そうかそうか。何、任せておけ、お前だとゆーことは、 私と母さんしか知らないようにしてやる。そうだなぁ…… 司の従姉が手伝いに来たとでも言っておけばよかろう」 ふたりのちょっとした邪な思い付きが、後々、司の運命を変えて しまうことになろうとは、このときの父子は想像もしないのであった。 <続く>