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(真相真理 〇七.二)
少女捜索

作:原田聖也


『様々な事態が複雑に交差する事案における推理が真相に辿りつく可能性は極めて薄い事になる。逆に物事の真相から我々を遠ざける事の方が多いのだ。それは、我々が目で見える表層部分でしか推理を出来ないという現実に起因している』杜童金武「交差と推理」


 質素なバス停に辿りついた私は、額の汗をハンカチで拭った。しかし、そのハンカチも既にぐっしょりと濡れている。
 昼下がりの寂しい田舎道。夏の終りが近づいているというのに日差しは依然として強いままだ。そして、空気は大量の湿気を含んでいる。おかげで、立っているだけでも体中から水分が噴き出してしまう。私は全てを投げ出したくなるのをこらえることで精一杯だ。
 時折吹く蒸し暑い風が藪から運んでくる“くさいきれ”が私の鼻をかすめる。私はその鬱陶しい臭いに溜息を吐く。
 ……ここでも手掛かりは見つからなかった。
 私は二ヶ月前に失踪してしまった親友達の手掛かりを求めて、ある田舎町までやって来ていた。ここは、その親友二人の実家がある場所なのだ。そして、失踪事件に大きな関係があると思われる重要な人物の住んでいた場所でもある。
 この地で私は、彼らの家族、かつての同級生、友人、近隣住民、その他の住民、役場の職員……様々な人に聞き込みをして回った。しかし、何一つ有力な情報を得ることはできなかった。
 分かったことと言えば……
 私はポケットから二枚の紙切れを取り出す。
 一つは写真。そこには山をバックに、背の高い男と小柄な男が仲良く並んで収まっている。これが、行方不明になった二人。
 彼らの故郷であるこの町で聞き込みをした結果、得られた情報は「二人は幼少の頃から仲が良く、いつも……何をするのも一緒だった」という周知ものだけ。彼らの行方の手掛りになるような事実は勿論のこと、彼らが失踪後に町の誰かに連絡を取ったという情報も一切出てこなかった。
 続いてもう一枚の紙切れ……こちらは写真をカラーコピーしたもの。そこには幸せそうな男女が収まっている。男の方が今回の事件に大きな関係があったと思われる重要人物。ただ、この男は記憶を失っているため、彼から直接に情報を得ることはできない。
 私は町で、この男に関する情報も探した。しかし、“やはり”決め手になりそうな情報を得ることはできなかった。得られたのは、「この男が私の親友二人とはそれほど親しい間柄ではなく、単に同じ学級になったことがあっただけ」ということと、「この男は中学校の時にこの町へ叔父と二人で移り住んできて、高校を卒業すると同時に別の町に引っ越していった」ことと、「彼には、この町で親しい友人が一切いなかった」こと、そして「男の隣りに写っている女が、この町の出身ではない」ことだった。
 ……どれも親友の消息を知る手掛りにはなりそうもない。
 唯一の手掛りは、この男がここへ引っ越してくる前の住所と、ここから引っ越していった先の住所。次回の捜索では、どちらかをあたってみようか……いや、男の通っていた大学で情報集めをした方が良いかもしれない。
 職場の休みを如何に効率よく調査に振り分けるか――これに私は頭を痛めている。まさに身体が幾つあっても足りないといった感がある。
 私はバス停に突っ立って考え込みながらバスを待つ。もう、この町を後にしなければならないのだ。明日には平常通りの仕事が待っている。
 湿気が多く鬱陶しい臭いの風が私にまとわりつく。日差しが容赦無く私を襲う。
 これは地獄だ。日除けになりそうなものが一切無い質素なバス停で、次から次へと吹き出す汗を濡れたハンカチで拭いながら、私は心底そう感じる。

「――大変そうね」
 濡れたハンカチを絞っている私に、背後から声を掛ける人物がいる。
 車も人も滅多に通らない道で声を掛けられたのは、これが初めてだ。私は声のした方に振り返る。
「これ、使ったら?」
 そこには幼い少女が一人いた。
 だいたい、小学校の一〜二年生くらい……もしかしたら幼稚園児かもしれない。幼いながらも整った顔立ち。背中の中ほどまで伸びたツヤのある黒髪。透き通るような色白の肌。そして肌に負けないくらい綺麗な白いワンピース。手には木製の大きなケース。
 暑苦しく鬱陶しい空間の中で、少女は汗一つかくことも無く、涼しげで幻想的な雰囲気を醸し出している。
 その少女が私に一枚の白いハンカチを差し出していた。
「え…………」
 私は、どう反応すれば良いのか分からず戸惑う。
 素直に受け取るべきか?それとも好意だけ受け取ってハンカチは断るべきか?
 すると、少女は私の心の内を察したのか、
「こういう時は、素直に受け取るものよ」
 と強引に私の手を取って、そこにハンカチを押し込んでくる。
「あ、ありがとう」
 私は苦笑いとも作り笑いとも本当の笑いとも自分ですら判断できない笑みを浮かべて、少女に礼の言葉を言った。それを聞いた少女は得意げな顔で、
「そうそう、それでいいの」
 と両手を腰にやるポーズをして“うんうん”と頷く。随分と、ませた少女だ。
「あ、そのハンカチは差し上げるから、好きに使ってね」
 ませた彼女は付け加えた。
「それじゃあ、何かお返しをしなければならないね。えーと……」
 私は少女の好意に報いようと思案を巡らす。しかし、気の利いたお返しが浮かんでこない。そんな私の貧相な思考を少女の一言が遮る。
「いいのよ。気にしないで」
「え、でも、悪いよ。やっぱり、こういう時は、お返しをしないと……」
「いいの。人助けをできただけでこっちは満足しているんだから。あまり『お返し、お返し』って言われると折角の充足感も台無しだわ。『あたしは、お返し目当てでハンカチをあげたんじゃないわよ』ってね」
 ませた少女は少し拗ねたような顔をした。その表情から、私は少女の機嫌を損ねてしまったことに気づいて慌てる。
「ごめん、ごめん。じゃあ、どうすれば良いのかな」
「もう、したでしょ」
 少女は今度は、あきれたという表情をする。一方、私は少女の言葉の意味が飲み込めない。
「“した”って、何を?」
 それを聞いた少女は大きく溜息を吐いく。そして、付き合っていられない、といった表情になってしまう。
「これだから、いやなのよ大人は……」
 それっきり少女は黙り込んでしまった。うんともすんとも言わない。ただ私の隣りに憮然とした表情で突っ立っているばかりだ。
 私は少女の機嫌を回復しようと必死で話し掛ける。
「君もバスで何処かへ行くの?」
「この辺りにすんでいるんでしょ?」
「歳はいくつなのかな?」
「名前は何ていうの?」
「最近、ミステリーサークルを見たことがあるんだ……」
「未分化細胞の話をしてあげよう……」
 しかし、彼女は一向に応じようとはしない。駄目だ。私は溜息を吐きそうになる。
 その時、例の鬱陶しい風が少女の方から“ある匂い”を私の鼻先まで運んでくる。何処かで、嗅いだことのある匂いだ。それは幼少の頃に遊んだ油粘土に似た匂い……

 私が匂いの正体について思案していると、道を挟んで私達の反対側にあるバス停に一台のバスが停車した。一〇秒ほどで再びバスが発車すると、後には旅行用の鞄を抱えた高校生くらいと思われる男女が残されていた。
 二人は下車した早々、何やら言い争いを始める。まず、少年が少女の重そうな鞄に手を掛けて言う。
「鞄ぐらい俺が持ってやるって!ほら!よこせよ!」
「いいよ!自分で運ぶから!」
「ここから民宿まで結構な距離があるんだぜ!大変だぞ!」
「いいって言ってるだろ!余計なことはすんなよ!」
 少女は少年の好意を拒絶している。相手に鞄を渡すまいと必死に自分の鞄を抱えている。それを受けて少年は舌打ちをする。
「ちぇっ。折角、人が持ってやるって言ってんのによ……女だったら『嬉しい。どうもありがとう。ちゅっ』って喜んで荷物を預けるもんだぜ」
 少年は変な演技までつけて主張した。それを見た少女は外の熱気にあてられた以上に真っ赤な顔になる。
「だ・か・ら!オレは女じゃないって言ってるだろ!」
 真っ赤になった少女は甲高い声で妙なことを言い出す。それにしても、彼女は随分と乱暴な口調をしている。
「その『オレは女じゃない』って言葉は散々聞かされたよ。だけどさ……」
 そう言って少年は少女の着ている服を指差す。
「……その格好じゃあ、説得力が無いぜ」
 確かに。道路の反対側にいる私も少年の意見に同意した。丈が短くヒラヒラとしたスカートと強調された胸元のワンピース……少女は、その口調や言葉の内容に似合わず、随分と挑発的な服装をしている。
 服のことを指摘された少女はしどろもどろになる。
「……こ、これは……その……い、いや……姉貴と御袋に……仕組まれたんだよ……」
 彼女はそう言ったあと、今度は思い出したように胸元やスカートの裾をやたらと気にし始める。
 少年はその様子を意味深な笑顔で見つめながら、
「それにしても、お前の家族は、よく“男と二人っきり”の旅行なんて認めてくれたよな」
 と、これまた意味深な発言をする。すると、少女は急に怒ったような表情になる。
「旅行じゃねーって言ってるだろ!オレを“こんな目”に合わせた張本人を捜しに来たんだよ!ったく何度言えば分かるんだ!」
「その“こんな目”ってのが、いまいち納得いかねーんだよ……」
 少年は少し腑に落ちないという感じで続ける。
「……だってよ。お前だけなんだぜ、『大変なことになった』って騒いでるのは。お前の家族や俺を含めた周囲の人間は、別に何かが変わったなんて思っていないのによ」
 それを聞いた少女は、ますます声を高くする。
「充分、変わってるじゃないか!オレが、いきなり女になっているんだぞ!これで『何も変わってない』なんて、オマエら絶対に頭がおかしいよ!狂ってる!」
 そう言っている少女の言葉の内容の方が明らかにおかしい。その変な少女は続けてヒステリックにわめき始める。
「ちくしょう!みんな、ぐるなんだ!……そうだ!ぐるになって、みんなでよってたかってオレを陥れようとしていやがるんだ!そうに違いない!」
 被害妄想も入ってきたようだ。少女は今にも発狂しそうな雰囲気になっている。少年は慌てて少女の細い腕を掴み、
「おい、落ち着けよ。人が見てるぞ」
 と彼女をなだめようとする。しかし、それは逆効果だった。少女は余計に感情を高ぶらせてしまう。
「うるさい!どうせオマエも、ぐるなんだろ!オレを女にしようと企んでいるんだ!」
「そんなことないって!俺は、お前の味方だって!」
「嘘だ!本当は、家族達がオレに付けた監視なんだろ!――くそっ!手を離せよ!」
 少女は掴まれた腕を必死に振り解こうとする。しかし、少年はそれを許さない。そればかりか、今度は少女の腕を、ぐいっと引っ張り、自分の胸元に寄せた彼女を包み込むように、ぎゅっと抱きしめる。
「うわっ……」
 少女は突然の事態に頭が追いついていけなかったのか、急に静かになる。
 沈黙した少女に少年は言い聞かせるように話し掛ける。
「頼むから、俺のことを信じてくれ。な?俺もお前の言うことを信じるから……それで、お前が……その……元に戻れるように協力するからよ」
 その表情は真剣そのものだ。抱きしめられた少女は、おずおずと顔を上げて少年の顔を覗き込む。
「……本当か?」
「ああ、本当だ。誓っても良いぜ」
「――じゃあ、早く手を離せよ」
 少女は怒気を込めて言い放つ。それを受けた少年は慌てて少女を解放する。身体の自由を回復した少女は、やれやれといった身振りをして言う。
「……ったく、人のことを女あつかいしやがって……“誓い”とやらも怪しいもんだぜ」
 その顔は抱きしめられた暑苦しさのためか、それとも恥ずかしさのためか、少し上気している。その少女に少年は、おどけるような調子で、
「良いじゃねーか、今は誰がどう見たって、お前は女なんだからよ。まあ――」
 と言い掛けたあと、少女の隙をついて彼女の手から鞄を奪い取る。油断しきっていた少女は「あっ」と声を上げるのが精一杯だった。
「――俺はお前が最初から女だった方に愛車を賭けても良いけどな」
 少女の鞄と自分の荷物を軽々と抱えた少年は得意げな顔をした。
「ひ、卑怯だぞ!オレの鞄を返せ!」
「嫌だね。このまま民宿まで直行、直行」
「あ、待てよ」
 少女の制止に少年は応じず、鼻歌まじりで歩き出す。しかし、すぐに脚を止め。何か面白い悪戯を思いついた子供のような顔をして、少女の方に振り返る。
「そうだ。あることをすれば、鞄を返してやらないこともないぞ」
「あること?」
 少女は訝しげな顔をする。続いて、何かに思いあたったのか、明らかに不審そうな視線を少年に向ける。
「……まさか、変なことじゃないだろーな?」
「ばっ、違うぞ!勘違いすんなよ!」
 少年には少女の言った“変なこと”の意味が分かったようだ。彼は首を横に振って否定を強調している。
「じゃあ、何だよ?」
「なに、簡単なことだよ。こうやって――」
 そう言って、少年は変な身振り付きで説明をする。
「――『鞄を持ってくれて嬉しい。どうもありがとう。ちゅっ』って。――もう、すぐにでも鞄を返してやるぜ」
 その様を見た少女は耳まで真っ赤になる。
「ふ、ふざけるなよ!第一、それじゃあ、どっち道オマエが鞄を持って行くことになるじゃねーか」
「へへ、ばれたか。残念」
 目論見が不発に終わった少年は何故か楽しそうにしている。
「もう、勝手にしろ!鞄でも何でも好きなだけ運べよ!」
 二人分の荷物を抱えた少年を置いて、少女は一人でスタスタと歩き出す。少年は慌てて少女のあとを追い掛ける。
「おい、ちょっと待てよ。俺が悪かった。ごめん。謝るからさ。置いていかないでくれ」
 その言葉を背中に受けた少女は、不意に立ち止まって振り返る。そして、
「バーカ。オマエが謝るなよ……」
 と言い、さらに、
「……鞄を持ってくれて“ありがと”な」
 と付け加え、少し照れ臭そうな顔をした。彼女の感謝の言葉を受けた少年は心底嬉しそうな顔つきになる。
「うむ、素直でよろしい」
「けっ、調子に乗るなよ」
 少女は少年が追いつくのを待って、今度は二人で揃って歩き始める。
「民宿に着いたら早速、アイツを捜すからな」
「げっ、いきなりかよ。今日ぐらいゆっくりしても良いんじゃねーか?」
「だめだめ。オレは早く元に戻りたいんだ。一日たりとも無駄にしたくない」
「だから、のんびり温泉にでも浸かって鋭気を養ってだな……」
「おいっ!オマエ、さては混浴の露天風呂が目当てだろ」
「うっ、しまった……」
「図星か……オレは絶対に御免だからな」
「じゃあ、お前は女湯に入るのか?それとも男湯に入るつもり?」
「あ、そういえば……そんなこと全然考えていなかった」
「へへ、まさかこれだけ汗をかいて、風呂に入らないって分けにはいかないだろう。どっちに入るのか見物だな。俺は混浴が無難だと思うけど。な、俺と一緒に入ろうぜ」
「こ、断る……」

 そんな会話をしながら、妙な二人は私達の側を去っていった。
 再び、この蒸し暑い空間には、私と幼い少女の二人っきりになる。私の隣りの少女は相変わらず機嫌の悪そうな表情をしている。蒸し暑さに気まずさが加わり、バス停の周囲は私にとって、ますます居心地の悪い場所になる……はずだった。
「ぷっ」
 突然に少女が吹き出し、堰を切ったように声を出して笑い始める。
 私は状況を把握できずに少女に問い掛ける。
「何がそんなにおかしいの?」
「……だって……あのおねーちゃんが……」
 少女は腹を抱えながら答える。乱雑な言葉づかいの少女がよほど物珍しかったのだろう。彼女は先ほどまで必死に笑いを堪えていたようだ。
 私は慌てて少女をたしなめる。
「あまり笑うのは良くないよ。人には、それぞれ事情があるんだから」
 すると、少女は急に笑うのを止める。そして、じっと私の目を覗き込んで言う。
「それじゃあ、あなたには彼女の事情とやらが分かるの?」
 それは挑戦的な目だった。これは少女の機嫌を回復する絶好の機会だ。そう思った私は彼女に得意の推理を披露してやる。
「彼女の事情に関しては、だいたい三種類ほど考えられるね」
「うん」
 幼い少女は私の方に身を寄せて来た。かなり、興味を持っているようだ。
「第一に思いつくのは、『彼女は、実は男なんだけど、理由があって女装をしている』というやつかな。その理由が何かは分からないけど、“張本人”とやらの命令か何かで、女装や女としての生活を強いられてしまったというところが妥当だね。しかも周囲が、口裏を合わせて女装に協力しているみたいだ。そんな命令のできる“張本人”は、よほどの権力者か資産家ということになるね。そして、彼女は少年と一緒に命令の取り消しを求めて“張本人”にお願いしに来た」
「ふーん」
 幼い少女は曖昧な相づちをする。
「……でも、この推理には欠点がある。まず、それだけの命令ができる人物の所在が、こんな田舎にあって、しかも捜さなければ見つけられないこと。それに、権力者や資産家だったら、ちゃんとアポイントを取らないと会えないだろうしね。……次に周囲の人間が完全に彼女を女として扱っているらしいこと。彼女が本当の男なら、一緒にいた少年が、嫌がる彼女を女あつかいしたり、彼女の荷物を無理矢理持ってあげたり、彼女との混浴を楽しみにしたりするというのは不自然だからね。まあ、彼自身が“監視”ならば不自然じゃなくなるけど。……そして最後に、どう見ても彼女は外見上が女性であること。これは揺るぎ無い。あれが男の女装だとは思えないよ。実際に彼女は少年との混浴を嫌がっていたしね」
「それじゃあ、駄目ね……」
 幼い少女は溜息を吐く。
「うん、それで二番目の推理になるわけさ。これは『彼女は女なのに最近まで男として育てられた』というやつ。彼女は何かの事情があって小さい頃から“張本人”とやらのもとに預けられていたんだ。その間に“張本人”は何故か彼女を男として育ててしまった。そのせいで、彼女は自分が男だと思っていた。それで、いざ家族のもとに還されたときに、初めて彼女は自分が女であることを知らされた。その事実を受け入れられなかった彼女は、“張本人”に真偽を確認するために、この町に来た、ということになる。“張本人”が放蕩者であると考えれば、彼女が“張本人”を捜していることも説明がつくしね。そして、周囲の人間が、すっかり男として育ってしまった彼女を女らしくしようとしているのも頷ける」
「……でも、やっぱり欠点があるんでしょ?」
 幼い少女が私の言葉を先取りする。
「……そう、この推理ではどうしても説明のできないことが一つある。少年が彼女に言った『……だってよ。お前だけなんだぜ、『大変なことになった』って騒いでるのは。お前の家族や俺を含めた周囲の人間は、別に何かが変わったなんて思っていないのによ』という台詞さ。もし、少年の言っていることが本当なら、これはおかしい。少女が家族のもとに還されたときに、異変を最初に察知するのは家族のはずだからね。なのに、少年の話によると、彼女の家族は何も異変を感じていないらしい。そして、少女自身も、異変を感じていない周囲の人間を『狂っている』と言っていた。……あと、付け加えると、少女が『元に戻りたい』と言っているのも、この推理では説明できない。『元に戻る』ということは、『自分が変化してしまった』ということを前提としているからね」
「それで、三つ目の推理になるのね」
「そう。これが、最も有力だよ。おそらく間違いない」
「勿体つけないで早く話してよ」
 幼い少女が急かしてくる。
「ごめんごめん。……彼女は正真正銘の女だし、家族のもとで女として育てられていた。でも、彼女はそれを良しとはしていなかったんだ」
「どういうこと?」
「詳しくは分からないけど、彼女は男として生きることに憧れを持っていたんじゃないのかな。それで、男のように振る舞っていたんだと思う。それが、次第にエスカレートした彼女は、ある時を境に自分が男であると錯覚してしまった……元々男であったと思い込んでしまったんだ」
「そうすると、どうなるの?」
「彼女は元々男っぽく振る舞っていただろうから、彼女が突然『自分が男だ』と主張したとしても、周囲の人間は、さしたる異変は感じないと思う。ただ、『変なこと言い出したな』と思うぐらいだろうね。だから、異常を感じるのは、自分が男だったと信じている彼女自身だけということになる」
「でも、それじゃあ、“張本人”の説明がつかないんじゃないの?」
 幼い少女が鋭く指摘してくる。
「いや、却って説明がつきやすくなるね」
「何で?」
「何しろ、彼女は自分が男だったと思い込んでいるんだ。その思い込みを補強するために、彼女が別の思い込みをしていても別に不自然ではないよ」
 幼い少女は納得のいかない顔をしている。それを見た私は説明を付け加える。
「彼女はある日を境にして、自分が男であったと錯覚した。でも、彼女の身体は女のまま。だから、心は男なのに身体は女ということになる。……もし、君が朝、目が覚めたときに男の子になっていたら、どう思う?」
 私に返答を促された幼い少女は少し考え込む。
「……ビックリする……かな?」
「いや、そうじゃなくて、『何が原因で男の子になってしまったか?』とか考えないかな?」
「原因?」
「そう、原因さ。変な薬を飲んだとか、怪しいものを食べたとか、神様に罰をあてられるようなことをしたとか、奇妙な呪文をかけられたとか……いろいろな原因を探ろうとするはずだよ。元に戻るためには不可欠だからね」
「……確かにね」
「彼女にとって、その原因が“張本人”なのさ。自分を元男だと思い込んでいる彼女は、“張本人”に“あること”をされたせいで女になったとも思い込んでいるんだよ。そして、原因の存在は思い込みの補強には欠かせない。何故なら、原因が無く、ただ女になったと言ってるだけでは、いまいち話が嘘っぽくなってしまうからね――」
 幼い少女は話についていけないらしい。少し退屈そうな顔をしている。彼女の興味が薄れてしまったことを察知した私は、手短に結論を言う。
「――つまり、彼女は『自分が元男だった』と自分で自分を騙しているのさ。そして、自分を騙す嘘を本当っぽくするために、いるのかいないのか分からない“張本人”をでっち上げて、『そいつが自分を女に変えたんだ』と、さらに自分を騙しているんだよ」
「……変なの」
 幼い少女は欠伸をしながらポロリと言った。
 自分で自分を騙す……確かに変な話だ。しかし、一番つじつまの合う説明だ。間違いなく、これが真相だろう。
 少年は少女の妄想に付き合ってあげているのだ。彼の少女に対する態度も『少女が元々女だった』ということと『“張本人”なんてどうせ見つかりっこない』ということを示していた。そして、彼は今回の旅を“張本人”の捜索というよりも、完全に少女と二人っきりの楽しい旅行として受け止めているようだった。
 家族も彼女が女らしくなるように色々と手を焼いているのだろう。家族の人間が、少女が男と二人っきりの旅行を許したり、少女が挑発的な服を着るように仕向けたのも、全て彼女に女としての自覚を持たせるために違いない。
 私は自分の推理に満足していた。しかし、幼い少女を満足させる試みは完全に失敗に終ったようだ。

「あ、バスが来た」
 先に気づいた幼い少女が指差す。
 バスは私達の前で停車し、ドアを開ける。私は隣りにいる少女を促す。
「お先にどうぞ」
 しかし、少女は首を横に振り、
「あたしは乗らないわ」
 と答えた。どうやら、少女はバスを待っていたわけではないらしい。それを知った私は一人でバスに乗り込む。バスに運転手以外は乗っていなかった。客は私一人だ。
 これは、さながら“貸し切りバス”だな。私は変な優越感を感じながら、手近にあった座席に座る。そして、“あること”を思い出し窓を開け、外にいる人物に声を掛ける。
「ハンカチどうもありがとう」
「そうよ、それで良いの」
 ませた少女は心底満足そうな笑顔をする。しかし、次の瞬間には急に真顔になる。
「――そうそう、親切ついでに一つ教えてあげる」
「何かな?」
「あなたには、いつまで経っても“見つけられない”ということ。見つけようとすればするほど、あなたは真実から離れてしまう」
 それは心底ガッカリしたような表情だった。私は少女の言葉の意味が飲み込めず、彼女に真意を尋ねる。
「どういうこと?」
 しかし、答えは返ってこなかった。バスはそのまま発車してしまう。少女は手を振ることも無く、ただただ残念そうに私の乗ったバスを見送るだけだった。

 私は諦めて席に座り直す。そして、一つ大きな溜息を吐く。
 ……それにしても、妙にませた少女だった……
 古いバスに特有の渇いた埃っぽい臭いと外から入ってくる緑の匂いを感じながら、私は誰に聞かせるでもなく呟く。
「見つけられない……か……」
 私は幼い少女の言葉を自分自身の現状にあてはめてみる。確かに、私には失踪した友人達を見つけることはできないかもしれない。捜索をすればするほど、彼らの手掛かりから離れているような気がする。しかし、私には彼らを捜さずにはいられない。
 何故かは分からない。ただ、心の奥底が「追え」と言っている。
 あての無い捜索……自分を男だったと錯覚している少女も同じことをしている。彼女が真実を見付ける、とは一体どういうことなのだろうか。
 “張本人”など存在しないということに気づくことなのだろうか?
 自分が正真正銘の女だという現実を受け入れることなのだろうか?
 それとも……?
 途中まで考えて私は溜息を吐く。
 何故か、あの奇妙な男女が失踪した友人達と重なったのだ。友人は二人とも男なのに……
 私は妙なことを考えている自分に苦笑した。すると同時に、何故か心の奥底が疼いた。



少女捜索 終演


あとがきくん

『ませた幼い少女は、あのキャラじゃないよ。ホントだよ!の巻』

 どうも、元インチキイラスト投稿戦士(笑)原田聖也です(詳しくは文庫の「真相真理」のあとがきを参照してください)。
 今回は私の尊敬する方からのお声をきっかけに、昔取った杵柄を悪用(汗)してギャラリーの方に投稿させていただきました。
 参加させていただくにあたって、「どういう形がいいかなぁ」と思案しまくった結果がこれ(笑)。「自分で描いたイラストに自分のストーリーを付けちゃえ」ってな感じです。イラストの方は久し振りな上、CG(もどき)は初めてで、ちょい自信が無かったもので(注:実際は小説の方もかなり怪しい)。それに誰も小説を付けてくれなかったら寂しいし……でも、これって絵の方が転んだら、小説も共倒れじゃん(爆)。
 小説の方はリリアン・シリーズの次回作でプロローグに使われる予定だった二つのエピソードでボツになった方を書かせていただきました。
 ちなみに今回の小説のタイトルは「処女創作(私の初CGもどき)」と掛けてあります(汗)。
 それでは、また!


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