君の瞳にMOEMOE!
作:八重洲二世
三千院萌子は今、気合いが入りまくっていた。
5000ガッツくらいの気合いが入っていた。
「今日こそこのラブレターを犀谷先輩に渡すんだモン!」
萌子は、一時間前から、犀谷創一の通学ルート上で、こうして待ち伏せをしていた。
そのとき、待ちに待った犀谷が通りがかった。
何も知らず、宇田多ヒカルの「Automatic」を口ずさみながら歩いてくる犀谷。
「いまだわ!」
低くつぶやくと、萌子はポリバケツの陰から躍り出た。
「先輩ッッ!!」
「うわらばっ?!」
ちょうど天井の低くなってくるところ(どうやらネタ元は「笑う犬」の中島だったらしい)を熱演していた創一は、意表を突かれて尻餅をついた。
そんなことは意にも介さず、萌子はラブレターを突きつけた。
ずびしっ!!
果たし状のように、突きつける。
三日三晩かけて全身全霊を注ぎ込んだ究極のラブレターだ。
萌子の目は血走っていた。
「あの! 先輩! これ!」
萌子は、はにかみながら、ガッツ値を急上昇させていった。
5000ガッツ…7000ガッツ…9999ガッツ……
カッと萌子は目を見開いた。
「読んで下さい!」
怯えてズサッとあとずさる、創一。
その瞬間、萌子と創一の目が合った。
ズビィィィィィィィィィィィィィィンッ!!
萌子の目から、ソーラ・レイのごとく派手なビームが迸った。
ビームは創一の目を直撃した。
「ぐはぁっ!!」
呻いて、創一は路上に倒れ伏した。
同時に、萌子の動きも止まった。
ガラスの仮面でマヤがショックを受けたときのように白目を剥いたまま萌子は、がくりと両膝を折った……。
…
………
…………………
「はっ!!」
創一は、身を起こした。
「……俺はいままで一体なにを」
と、言いかけて記憶が甦った。
呑気に「Automatic」を口ずさんでいたら、路上でいきなり変な女の子にビームを発射されたのだ。
制服からして、創一と同じ高校の生徒だろう。
わりと可愛い子だったが、明らかにお近づきになるべきでないタイプの子だ。
あたりを見まわす。
あの女の子の姿はなくなっていた。代わりに男子生徒がひとり突っ立っているだけだった。やはり制服からして、創一と同じ学校の生徒だ。
「っと。こんなとこで呆けてる場合じゃねーわ」
創一は、勢いよく立ち上がった。
どのくらい意識を失っていたかはしらないが、予鈴まであまり時間がないはずだ。
「あんたも急いだほうがいいぜ」
隣の生徒に声をかけ、創一は腕時計に目をやった。
「あ?!」
腕時計が消えている。
生白い左手首だけが視界に入った。
ていうか、「生白い」手首ってなんだよ?!
腕時計が消えているとかいうことよりも、さんざんプールで日焼けしたはずの肌が真っ白になっていることのほうが不思議だった。
「お、俺が寝てる間に鈴木その子がスタンドを飛ばしてきたのか?! 遠距離型のスタンドか? ということは、自動攻撃タイプだな!」
混乱した頭で、創一は喚いた。
混乱したまま「くそっ、エコーズ3の能力は便利すぎるぞ!」などと口走っていた創一だが、
「いや、そんなことより、いまは予鈴に間に合うほうが重要だっ!」
と、駆け足で学校に向かった。
「あ、ちょっと待って!」
横にいた生徒が女言葉でおいすがってきたが、創一はあまり気にしなかった。
チャイムの余韻が消える寸前に、創一は校門の内側へ滑り込んだ。
「もっと早く家出ろよ、西野院!」
校門をしめようとしていた体育教師が、創一に向かって言う。
創一のすぐうしろから、内股加減の走りで、さきほどの生徒も滑り込んでくる。
「お前もだ、犀谷!」
と、体育教師。
エックスの奴、名前間違って覚えてやんの。
声には出さず、創一は体育教師(某美少女ゲームに出てくる体育教師に良く似てるのでついたあだ名が「エックス」)に毒づいた。
全力ダッシュで息が切れた創一は、息苦しさのあまり胸に手をやった。
ドキがムネムネしていた。
ムネムネというか、ムニュムニュというか。
「あああっ?! 俺のムネに有り得べからざる二つのふくらみが〜っ?!」
改めて見下ろしてみれば、着慣れたカッターシャツがいつのまにか柔らかな生地のブラウスに替わっていて、可愛らしいピンクの飾りタイが揺れている。
これは、まさしく女子の制服だ。
「さては、鈴木その子のスタンドめ、俺が意識を失ってる間にこんなのもを着せていったな?!」
両手でスカートの裾を持ち上げて、創一は叫んだ。
「ご丁寧にパットまで入れていって! 遠距離型のクセに器用なスタンドだぜ!」
創一は、ムネを形作っているパットを取ろうと、乱暴にブラウスの下に手を突っ込んだ。
創一の手が、ブラの下に隠されていた控えめな隆起に触れる。
「はうっ?!」
甘痛痒いような不思議なセンセーションに、創一は思わず奇声を上げていた。
その声も、なんだか自分の声でないみたいだ。変に、トーンがうわずってるみたいな……。
創一は咳払いしてから、もう一度、注意深く声を出してみた。
「ア、ア……カベ、カベ、カベ、ベガ〜っ!! ──って、オレ、女の声になってる?!」
小西寛子のような声をはりあげてパニクる創一。
その創一の前に、ずずいっと先程の男子生徒が現れた。
ずいぶんと、背の高い生徒だ。創一より二〇センチは上背がある。
「っていうかですね、先輩は私の体に入っちゃったんです」
そう言って、怪しげな女言葉クンは、創一のスカートをババッとたくしあげた。
創一の眼下に、コットンのパンティに覆われたスムースな股間がさらされる。
「ま、まさか!!」
あわててフトモモをすり合わせる創一だったが、その場所に於いて当然自己主張をしていてしかるべき器官の感触は、全く消失していた。
「す、鈴木その子のスタンドがオレの──」
「いいかげん、ほかの発想はないんですか!」
「あ! …オレがもう一人いる?!」
「遅〜〜〜い!!」
目の前にいるもう一人の自分にツッコまれて、創一は固まった。
「先輩、こっち来て下さい!」
創一は呆然としたまま、もうひとりの創一に手を引かれてトイレへと連れ込まれていった。
「…分かりました、先輩?」
トイレの鏡の前に並んで立っている、創一と萌子。
「つまり、こういうことなんですぅ」
と言ったのは、創一だった。
正確には、創一の中にいる萌子だった。
「そんな……声まで変わって!」
と、小西寛子の声でつぶやきながら、創一は変わり果てた己の体を頭から足の指の爪先まで掌でなぞっていった。
変わり果てたというか、もともと他人──西野院萌子の体なのだが。
「あたし、特異体質なんです」
と、自分の胸に手を当てる萌子。その胸は、平均的男子高校生の平板な胸だ。
「あたしって、恋をするとラブZエネルギーが体内に蓄積していっちゃう体質で」
説明にもなっていない説明に、創一は相づちを打つことさえできずにいた。
ラブZエネルギーって何なのかとか、その“Z”は何の略なのか、とか色々聞くべきところがあるような気もするのだが、それはアンタッチャブルな領域だから突っ込んではいけないと創一の本能が告げていた。
「体内のラブZエネルギーが臨界値を越すと、あたし目からビームが出ちゃうんです」
こくこく。
なすすべもなく、創一はうなずく。
「で、あたしのビームを浴びた人は、三日後に死ぬか又はあたしと人格が交換されちゃうんです!」
こくこく。
「ね?」
こくこく。
「あたし、先輩にラブレター渡して告白しようとしてたから」
こくこく。
「つい、勢い余ってビーム発射しちゃったと」
こくこく。
「納得していただけて嬉しいですぅ。はい」
「って、要するにお前が全ての元凶やんけ〜っ!!」
女の子の声帯で精一杯ドスをきかせて、創一は声を張り上げた。
「あ〜ん。やっぱり怒ってます〜?」
「当たり前じゃ、ボケ〜ッ!!」
創一は自分の体を思い切りど突いた。
「くすんくすん。…先輩、女の子が乱暴しちゃダメですよ」
「えっ!?」
男の萌子が、創一の細い腕を掴むと、それだけで創一は身動きできなくなってしまった。
「くそっ。放せよっ!」
叫んだときにはもう、萌子は手を放していた。
「あ……」
いましがたの叫び…というか悲鳴で、創一は改めて自分の姿を思い知らされてしまった。なまじボーイッシュな分、かえって女の子であることが強調されるような声だった。
創一は、かすかに頬を赤らめてそっぽを向いた。
「先輩…可愛い!」
と、萌子。
「呑気なこと言ってんじゃねーよ! どうやったら、元に戻れるんだよ、コレ!」
「それは、あたしのラブZエネルギーが充填されないことには、どうにも」
「じゃあ、とっとと充電開始しろよ!」
「さっきの先輩の仕草で、30ルピーくらい溜まりましたよ」
「ソフマップかい!!」
その後、場所を変えて萌子から詳しい話を聞かされた創一は、打ちのめされて気が遠くなりかかった。
萌子は、創一に告白するまで、一年間もかかったのだという。
つまり、その間コツコツとラブZエネルギーを溜めていたわけで……ということは、エネルギーの再充填にも同じくらいの時間がかかるということではないか。
「その間、オレはどうすりゃいいんだ。こんなナリじゃ家にも帰れないだろ! ていうか、この体で家に帰ったら兄貴に襲われてしまうわ!」
「お互い、入れ替わって生活するしかないね」
萌子の口調は先程から微妙に変わってきている。
「オレはお前んちの住所すら知らないんだぞ!」
「心配ないって。意識を集中すれば、元の体が持ってる知識を引き出すことができるから」
そう言われて、試しに目をつぶってみると、見知らぬ文字の羅列が頭をよぎった。
東村山、三丁目、三丁目 東村山、三丁目、三丁目
どうやら、これが西野院萌子の住所だ。住所にしては不自然な部分もあるが、そんなことまで気にしている余裕はない。
「今日の体育、プールだったんだぞ!」
創一は小学生のように、プールを楽しみにしていたらしい。
「あーうちのクラスも三限目、プールだから安心して。そうそう、生理はまだ先だから安心だぜ」
すっかり男言葉になって萌子はカラカラと笑っている。
「オレに! ……女子の水着きて泳げってのかよォ」
「おっ。その恥じらいの表情に20ルピー」
「萌子、お前やけに落ち着いてるな」
「そりゃまあ。こういうのは、初めてじゃないし」
「あ────っ!!」
創一は大声をあげて、すっかり男の体に順応している萌子に指をつきつけた。
「変だ変だとは思ってたんだ! お前、あっというまにオレの体に馴染んでて!」
萌子は、ニコッと歯を見せて微笑んだ。
「お前! 入れ替わるのはじめてじゃないって言ったな? ということは、まさか、まさかとは思うけど……お前って、この体に入る前は……」
「うん。ぜんぜん別の体に入ってたよ」
「しかも! これはオレの直観だけど、お前ってもしや、元々は男だったんじゃねーの?!」
「ピンポーン!」
脳天気に萌子は応じる。
道理で、男の体になって違和感がないわけだ。
「小学校六年ではじめてビームが出て入れ替わって以来、二、三回は入れ替わりしてるかな」
「あのさお前、これまでお前と入れ替わった連中はどうしてんだよ」
「それぞれの人生を生きてると思うよ。あ、ひとりはノイローゼで療養中だったかな」
「サラッと言うな、そういう怖いことを!」
ずいっ。
創一の肩に、親しげに萌子の腕が回される。
びくり、と女の体の本能で創一は身を固くしてしまう。
「だぁいじょうぶ」
耳元で萌子がささやく。
「な、なにがだよ!」
「入れ替わっても、俺はセンパイ…いや、モエコのこと、好きだからさ」
創一は、絶句した。
「その体、昔の俺が一目惚れしただけあって美少女だろ? 悪くないと思うぜ?」
その言葉に、創一は自分のおかれた状況を、はじめて本当の意味で理解した。
創一が元に戻るためには、もう一度、萌子のビームを浴びないといけない。
つまり、萌子の気持ちが他の女の子に向いてしまったら、創一は永遠に「萌子」の体に取り残されることになってしまう。
「あ、あの……萌子…さん?」
「やだなァ。いまの俺に『萌子』はないじゃん。犀谷先輩とか創一さんとかって呼んでよ。できれば、語尾にハートマークをつけて」
そのとき、創一たちの前を、ブルマ姿の女子が連れだって歩いていった。
ふと見ると、萌子は嬉しそうに目で女の子たちを追っている。
いかん!
創一は、いきなり切迫した危機感を覚えた。
「そ…創一さん…(はぁと)」
「なに、モエコ?」
「その、他の女の子を見ちゃ、いや〜ん…………なんちゃって。アハ」
汗だくになりながら、創一は無理矢理ニッコリと笑ってみせた。
「かわいいぜ、モエコ!」
「あ、あんっ」
自分の体に抱きしめられて、創一はうろたえた。
だが、拒絶すれば一生このままである。
「創一…さん(はぁと)。今日は、いっしょに帰りましょ。ね?」
「おぅ。じゃあ、放課後、校門のとこで待ち合わせな! おっと、もうこんな時間か」
萌子…いや、“創一”は、腕時計に目をやって言った。
「一限目は大遅刻だな、こりゃ」
「ハハ…誰かさんのビームのおかげでね」
“萌子”は乾いた笑いをもらす。
「ん、なにか言ったか?」
「い、いえっ、なんにもー(はぁと)」
「そうか。じゃ、放課後にまた会おうな! バイバイ!」
ブンブンと手を振ると、“創一”はあわただしく駆けていった。
「はぁ〜〜〜〜〜〜っ」
“萌子”は長々とため息をつく。
「…気長にがんばろ」
弱々しくつぶやくと、“萌子”は自分のクラスへと足を向けた。
まあ、悪いことばかりではない。
体育の時間(プール)になれば、堂々と女子の着替えも見れるんだし。
自分もその女子の一員であるという事実は無視して、強引に“萌子”は自分を慰めるのだった。
それから一年間、“萌子”はヒドイ目にあったり、それなりにイイ目をみたりして、嬉しさ半分悲しさ半分といったとこだったそうな。とっぺんぱらりのぷぅ。
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