「咲紀ってば、大変!」
 
 
作・水谷秋夫
 

 
 俊平と入れ替わってしまった咲紀は、俊平の家に一人でやってきた。
「どうして、こんなことになったんだろう」
 どうしても思い出せない。
 放課後、家に帰る途中、誰か男の子の声が後ろから聞こえたような気がする。
 次の瞬間には、咲紀は道路の上にへたり込んでいて、いつの間にかシャツを着てズボンを穿いていて、男の子になっていて、目の前にブラウスに胸元リボンの制服を着た咲紀がいたのだ。
 目の前の咲紀は、自分を見て、
「なんでぼくが目の前にいるんだ」
と言った。
 
 ともかく、咲紀と俊平が入れ替わってしまったのは明らかだった。
 咲紀と俊平は同じ中学校の同じクラスだが、あまり親しくはない。互いの性格もよく知らない。実は二人の家は歩いて五分程度しか離れていない近所らしい。でも、それも入れ替わってからいろいろと話して初めて知ったことだ。
 二人は、なぜ入れ替わってしまったのか、ずいぶん話し込んだ。
 しかし、俊平も
「家に走って帰る途中に、咲紀さんの後ろ姿が見えて……」
 その次の瞬間には道路にへたりこんでいて、目の前に自分の姿があったと言うだけなのだ。
 何がなんだかわからない。
 どうも短期記憶がそこだけ飛んでいるらしい。
 ともかく、入れ替わったことを両親兄弟には内緒にして、とりあえずお互い相手の家に帰ろうということになった。
 そこで、俊平の体をした咲紀は、俊平の家に来たのである。
 
「なんか、頭が痛くて」
 それだけ言って、できるだけ話をせず、ぼろが出ないように、咲紀は俊平の家族との夕飯を終えて、部屋に籠もった。
「これからどうしよう」
 考えてもいい知恵は浮かばない。
「お兄ちゃん!」
 そこへ、小学生の男の子が部屋に入ってきた。
「ねえ、メビウスダンジョンの十二面、昨日クリアした?」
(この子は俊平君の弟。洋平君。十歳。ゲーム好き)
 俊平から聞いた知識はそれだけだ。
「うう、ごめん。頭痛いの。明日話すわ……でなくて……話すよ」
 洋平は、ちぇ、とか言いながら自分の部屋に戻っていった。あっさり引き下がってくれたので咲紀はほっとした。
(やっぱり、他人になりすますなんて無理だよー。どうしよう) 
 
 頭を抱えて悩んでいた咲紀だが、なんだかもう考え続けているのが嫌になった。
 もともと深く物事を考えるたちではないのだ。
 頭に置いた手を手前に持ってきて頭を上げる。
 じっと手を見る。
(俊平君の手だ)
(男の人の手って大きいんだ)
(運命線がはっきり見える)
(これだと手相を見るの、楽だよね)
 咲紀の見立てでは、俊平は長生きはするけど胃腸が弱そう。意外に繊細な神経の持ち主。結婚は二十八から三十くらいの間。
 その手を胸に当ててみる。
(胸が平らだ。おっぱいが無いんだ)
 軽く叩いてみる。
(男の子の体って、堅いんだ)
(顔はどうなんだろう)
(この部屋って、鏡がない。信じらんない)
 部屋の中を探してみると、箪笥の扉の裏側に鏡があった。
 俊平の顔と体が写る。
「これが、あたし?」
 思わず、声が出た。男子の変声期特有のかすれた声だ。
(俊平君の顔だ)
(やっぱり男の子の顔だよね。角張ってて、顎が張ってる)
(髪が短いんだ。三センチくらいかな。首を振っても軽くて楽々)
 咲紀が男の子の顔をこれほどまじまじと見たのは初めてだった。初恋でもしたみたいだ、と思って少し赤面する。
(ちょ、ちょっと、体も見てみようかな……。上半身ぐらいなら、いいよね)
 シャツを脱ぐと、つん、と汗の匂いがする。
(男の子の匂いだよね、やっぱり)
(あ、すごい肩幅)
(うわあ、胸がみんな筋肉だあ。これ、胸筋って言うの? それに胸の横幅が広い。)
(腕も太い。俊平君って、こんなにがっちりしていたっけ)
(こんな胸と腕で思いっきり抱きしめられたら、あたしの体なんかポキッと折れそう)
(あ、やだ、何考えてるの、あたしって)
(でも、なんだか、どきどきする)
(いま、どきどきしてるのも、俊平君の心臓なんだよね)
 上半身の裸をじっくり見たあとは、やはり、下半身が気になる。
(見……見て、みよう、かな)
(お風呂に入るときは、裸になるんだし、トイレだって、行かなきゃいけないんだし)
(そうそう、寝るときはジャージだって、俊平君、言ってた。どっちみち、ズボンから着替えなくちゃいけないんだもん)
 鏡の前で着替える必要はないのだが、好奇心には勝てなかった。
(わ。白のブリーフ)
 咲紀には三歳年上の姉がいるだけで、男の兄弟はいない。父はガラパンだ。
(ブリーフって、見るの初めて)
(これが、男の子のあそこを出す穴ね)
(出して見よっかな)
(それはトイレの時でいいか)
(女の子のショーツと違うんだ。股下が少しゆるい感じ)
(こ……これも、脱いで見よっかな)
(今は、自分の体だもんね。見るぐらい、いいよね)
(もうすぐお風呂なんだろうし、そうしたら嫌でも見なきゃいけないんだし)
 と、咲紀がブリーフに手をかけようとした時、俊平の母の声がした。
「俊平、お風呂沸いたから入りなさい」
 
 咲紀は風呂場の隣の洗面所に来た。
 さっき、俊平の下半身を見ようとしてブリーフに手をかけたばかりだった。しかし、いざ洗面所でパンツを脱ごうとすると、なぜかその下半身を直視することができなかった。咲紀は上の方を向いて素っ裸になった。
(あ、あたし、いま、俊平君の体で裸なんだ)
 顔を上向き加減にしたまま、湯船に入る。
 ざぶん。
(あ、なんか、感じが違う)
 風呂に入ったとき、浮力を感じるのは男も女も変わらない。ただ、女性の場合、胸の重みが浮力で消え、首や肩が軽くなる。それが男性以上に解放感を感じる理由である。しかし男性になった咲紀には軽くなるべき胸の重みがない。
 それでもいつものように、咲紀は湯船の中で手足を伸ばした。
(俊平君、男の子だもんね。やっぱり手も足もがっしりして、長い感じがする)
(おなかもお父さんと違って締まってるなあ。テニス部って言ったっけ)
(それで、えっと、これが、あの……男の子の、あそこだよね)
 ついに男性の象徴が目に入ってしまった。
(や……、やだ)
 何がいやなのか、咲紀は目をそらした。
 しかし、中学生の異性に対する強烈な好奇心には逆らえない。目をそらしたまま、手を局部に伸ばしてみた。
(こ、これ、だよね)
 ふにゅん、とした感触。これがどれだけ堅く大きくなるものか、咲紀はまだ知らない。
(そ、それで、この裏にあるのが××××よね)
 咲紀の手は裏のほうに回った。
「ひゃっ」
(変な声が出ちゃった)
(だって、ここってとっても敏感)
(ゆっくり触れば大丈夫かな)
(あっ)
(男の子の××××ってやわらかいんだ)
 
 
 
 その頃、咲紀の体の俊平は、というと……。
 鏡の前で、咲紀の両胸を両手で押さえ、「女の子の胸って……」などと、呟いているところだった。
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
あとがき
 
 水谷秋夫です。
 ちょっといたずら心……、といいますか、実験的な作品を書いてみました。こういう男→女、も面白いだろうと思ったのです。少年少女文庫の趣旨から外れて申し訳なかったですが。
 実際、読んでみてどうでしょうね?
 なお、これはVer.2です。Ver.1は十八禁規定に抵触するということで改訂いたしました。