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風雲!ぺったんこ座りvs横座り!
   作:猫野丸太丸
原イラスト:いしがき・てつ
 

 放課後のことだった。天体部の相原は、魔術部の村井に呼び出されていた。女の子に呼び出されたのならともかく、相手が近所のけんか友達では張りあいのないことおびただしい。
「なんだよ、用ってえのは。」
「ああ、すまないな、相原、ちょっと来てくれないか。」

 二人は、人気のない体育館裏にやって来た。そこには、村井があらかじめ用意しておいたのだろう、あやしげな魔法文字が、整然と地面に書き並べられ二つの円を描いている。
「なんだいこれは。魔法陣か?」
「そのとおりだ、さすが我が友だな。」
 村井は、地面に書いた円の片方に入ると、周囲の蝋燭に火を灯しだした。
「相原はそっちの輪っかの中に入ってくれ。あ、地面の文字は踏むなよ。で、同じように火を点けるのだな。」
 村井は相原にライターを放った。
「なんだってこんなことをするんだ?」
「ただの実験、実験だ。」
「見た目からしても、怪しい実験としか思えないぞ。」
 相原の疑念に答えず、逆にふんぞり返る村井。
「実験も手伝ってくれないのか。いつか天体部のロケットに僕を乗せて勝手に打ち上げた相原君が、僕の頼みを断るのかな。」
「ちぇっ、分かった、分かったよ。」
 事実、この間は村井をライカ犬のごとく打上げてしまった相原だし、村井の魔法がけっこう本物であることは有名なので、相原は素直に村井の言うとおりにした。

「では、呪文の詠唱をはじめようか。」
 村井がヘブライ語だかラテン語だかの呪文をぺらぺらとしゃべった。相原はあくびをした。
「ビナー、ティフェレト、ナンタラ…、アティルト、イェツラー、カンタラ、で、えーい!」
「なんで最後の気合だけ日本語なんだ、おい。」
 思わず突っ込んだ相原だったが、しかし村井の魔術は効果を示したようだった。ぼんっ。二人の周囲の蝋燭の炎が一瞬青白く燃え上がると、たちまち燃え尽きた。白い煙にむせ込む相原。
「げほ、げほっ。…ん、なんだ、これだけか?」
 魔法陣から出て行こうとする相原を、大声で制する村井。
「そこから動くな!」
 ぼんっ、と、再び煙が噴き出した。相原の体は、かなしばりにあった。
「なんだ、これは!」
「そしてかなしばりの次はすかさず、ヒンズースクワット500回だ!」
 村井が叫ぶと、相原の体はかってに動き出した。
「なんだなんだなんだ、これは!」
「ふふ、実験は成功だな。」
 眼鏡に手を当てて笑い出す、村井。ものすごいスピードで、スクワットをやらされる相原。
「この魔法陣こそ、魔術部が苦心の末に編み出した、」
「人を、自由に、操る、魔法陣、だってのか?」
 スクワットに合わせて、せりふを言う相原。
「御明察だね、我が友よ。」
「ああ、スクワット500回、数えるのが、面倒くさい…」

 やっと強制的運動が終わり、相原は円の中にへたり込んだ。相原は観念して言った。
「で、おまえの作戦どおり、足が痛くて円から出ることもできねえよ。ロケットの憂さ晴らしに、次はなにをやるんだ?」
 この辺、いつもお互いに、実験で相手をひどい目に遭わせあっている二人だからこその、落ち着きである。
「うんうん、察しがいい君だと、説明が省けるね。」
 村井は得意げに言った。
「この二陣一組の魔法陣は、こちら側の司令陣から命令を出す。そしてそちら側の受信陣に入っている人間の、」
 村井は、びし、と相原を指差した。
「行動のみならず、姿形、性格、つまりキャラクター設定までも操るのだ! 具体的には、」
 村井は悪しきたくらみを考え付いてにやりとした。
「おい相原、おまえは今日から女の子だ!」

「はあ? 女の子?」
 ぼん、という音とともに、相原の体を煙が包んだ。煙が晴れたとき、相原は体の異変に気づいた。
「お、俺の胸がぁ!」
 相原の恥ずかしい叫び声を聞くまでもなく、相原の詰め襟の下に二つの膨らみがあることは、誰の目にも明らかだった。
 お尻の形も、変わっているようだった。学生服の黒ズポンのシルエットがおかしくなっているのだ。
「うん、うん、学生服を押し上げている胸。隠せないお尻の丸み、いいものだな。」
 なんだか服が透けているかのような村井の言葉だったので、相原は必死に両腕で胸を隠そうとした。村井は命令を続けた。
「ちゃんとブラジャーをしていれば、もっと胸の形が良くなるのにな。」
 ぼんっ。下着がブラジャーに変わって、胸を絞めつけられたので思わず声をあげる相原。村井の注文はさらにエスカレートした。
「男物の学生服もいいけど、やっぱり制服は、女の子っぽいほうがいいかな。」
 ぼんっ。白煙。相原は自校のセーラー服姿になった。
「そして、髪は肩まであって、」
 ぼんっ。
「目がとってもつぶらで、」
 ぼんっ。
「うわばきを履いていて、」
 ぼんっ。
「ミニスカートから見える、ふとももがきれいだね。」
 ぼんっ。
「さっきからあぶない注文ばっかりしやがって、お、おまえは中年のオッサンか!」
 パンツが見えそうになったので、思わず手でスカートの端を押さえる相原。これで村井はすっかり喜んでしまう。
「ほらほら、スカートの女の子があぐらなんかかいちゃ駄目だな。、やはり、…ぺったんこ座りじゃないとな。」
 ぼんっ。相原は地面に正座した。そして両足が開き、そのままぺたっと、お尻が地面についた。いつもならありえない方向に広がる脚に、股関節の脱臼を覚悟したが、全然痛くない。ついでに自分自身のナマアシを見て、不覚にもどきっとした相原だった。

「おまえおまえおまえ、こんなことしてただで済むと思ってんのか!」
「ああ、おかげさまで、君を見るだけで、頭がくらくらするよ。」
 村井には、こういう趣味があったらしい。
「うん、その言葉づかいもいいけど、もうちょっと女の子らしく言えないのかな。『はにゃーん』とか…」
 ぼんっ。9回目の白煙が上がった。
「はにゃーん… て、なに言わせんのよ!」
 相原は必死に考えた。このままじゃあたしは村井の思うがままだわ、なんとかしないと…ああっ、なんかモノローグまで女言葉だ!

 と、急に相原が静かになった。
 そのまま黙り込む相原。村井がたまりかねて言った。
「どーした? 女の子言葉でしゃべるんじゃなかったのかな?」
「…………」
「ん?」
「しくしくしくしく…………」
「え、ええっ?」
「しくしくしくしく、しくしくしくしく…………」
 顔を伏せて、静かに涙を流す相原。 狼狽する村井。
「相原、なにを泣く?」
「ひどいよ…、ひどいよ、村井クン。」
 きゅっと、自分の肩を抱く相原。
「こんなことするなんて、あたしは村井クンの、友達じゃなかったの!」
 予想外の展開に、驚愕する村井。
「いや、友達、だけど…」
「それだけ?」
「その、はず、だったんだが、…もうちょっと、関係が進んでもいいかもって気がしてきた。」
 だんだん内容が危なくなってくる会話だった。村井は、知らず知らず魔法陣を出て、相原のぺったんこ座りの膝もとまで歩み寄ってしまった。
「もう泣かないで、僕が悪かった。」
「うん……」
 村井に向かって、涙で頬をぬらしながらもにっこりと笑う相原。
「はい、なかなおり。泣かないでくれよ。」
「うん。」
 小指と小指で、指切りげんまんなんかしている二人。相原が言った。
「こら、村井クン、彼女が地べたに座りこんでるんだゾ、助け起こすぐらい、して欲しいナ!」
「よ、喜んで。」
 村井は、相原の細い手をとった。

 村井にとって都合がいい話はそこまでだった。その瞬間、相原が村井の手をがしっとつかんだ。
「引っかかったわね、村井クン!」
 相原は村井の背後に回り、村井を受信陣の中に突き飛ばした。そして即座に司令陣の方に走り込んだ。
「村井クン! その場でうさぎ跳び、500回だよ!」
 村井の体が、ぴょんと、はずんだ。
「し、しまった、今のは、演技だったのか!」
「あ、た、り、ま、え、じゃん!」
 命令側の魔法陣の上で、腰に両手を当ててえっへんと胸を張る相原。それを聞いている暇もなく、ゴム鞠のように無茶苦茶なスピードで跳ね回る村井。誰かに見られていたら、異常としか思えない光景である。

「さあ、村井クン、ただ君に死んでもらうのも面白くないから、あたしと同じ目に遭ってもらいましょ。」
 さっきの村井に負けず劣らず、人を罠にかけたときの微笑みを浮かべる相原。
「お、女言葉で、さらっと、怖いことを、言うね。」
「女言葉なのはあんたのせいでしょ、じゃ、村井君は、んー、」
 相原は人差し指をあごに当てて考えた。 考えがまとまったらしい。
「こういうの、どうかな。青のブレザー姿で、」
 ぼんっ。
「真ん丸眼鏡かけてて、」
 ぼんっ。
「ヘアバンドをしてて、」
 ぼんっ。
「ちょっとお嬢様っぽい、」
 ぼんっ、と4連続で、村井の体を白煙が包んだ。相原は変化の出来を確認もせずに続けた。
「お嬢様っぽい、男の子!」
「ぎゃっ!」
 一瞬、いやな物が見えた。相原はすぐに言い直した。
「じゃなくて、女の子!」
 ぼんっ。変身終了。村井は、自分の変わり果てた姿に呆然とした。思わず自分の胸を触ろうとする。
「こら、お嬢様が、そういうはしたないことはしない!」
「はいっ。」
「スカートの中ものぞかない!」
「はいっ。」
 そしてそのまま自分の両手のやり場に困っている村井。その落ち着きのない様子を見て、ため息をつく相原。
「うーん、村井クンを色っぽくするには、相当改造が必要ね。お嬢様なんだから、例えば、そう、横座りをしてもらいましょ。」
 ぼんっ。両足をそろえ、両膝を左に倒して、座り込む村井。腰がいやな角度に曲がったので死を覚悟したが、これまた柔軟な女の子の体はこのくらいのひねりは平気らしい。
「わー、村井クンって脚は長いから、ぐっと、さまになったねー。むこうずねも、きれいー!」
 にこにこして手を叩く相原。
「こらっ、横座りするなら、せめて芝生の上か、ぶらんこの上だろう!」
 そういう趣味もあったのか、細かいことを言う村井。相原は気にせずにはしゃいでいる。

「…で、村井クン、さっきからこっそりと地面に、なにを書いてんの?」
「何だ気づいてたのか。」
 村井はうさぎ跳びのせいで笑っている膝をかばいながら、なんとか立ち上がった。 スカートについた土を、ぱっぱっとはらう。
「今書き加えたのは、魔法陣の受信側から司令側へも、命令を送れるようにするルーン文字だ!」
「え、やばっ。」
 相原が魔法陣から逃げ出す前に、村井は叫んだ。
「おい、ぺったんこ座り! おまえは、ポーチにミッフィーのばんそうこうが入っていて、趣味はハーブ入りのお菓子作りで、若草物語とか赤毛のアンとか読んでるような、女の中の女の、女の腐ったような女の子だ!」
 ぼんぼんぼんぼんぼんっ。
「なによそれ! 横座りのあんたこそ、バックに薔薇の花を咲かせてて、八重歯がかわいくて、眼鏡をはずすとかわいさが倍増するような、今どき少女漫画にも出てこないような女の子よ!」
 ぼんぼんぼんぼんぼんっ。
 もはや、二つの魔法陣を取り囲む白煙は、煙というより爆風だった。体育館裏で遊んでいたネコとスズメが、巻き添えを食って猫っ娘と羽天使娘になっていたが、そんなことには気が付かない二人だった。
「女の子、女、お、はあ、はあ。」
 ペッタンコ座りの女の子と、横座りの女の子が向かい合って罵り合っている光景は、また、大変怪しかった。
 
 二人は息が続かなくなって、やっと命令するのをやめた。
 煙が完全に消えた。なにか変化してはいないかと、立ち上がってぺたぺた自分の体を触る相原。はっと気づく。
「あれ? あたし、なにやってたんだろ。」
「どうした相原、ぼけたのかい?」
 きょろきょろする相原を、いぶかる村井。
「ん、あんた誰…、て、あんた、そんな格好して、正体は村井でしょ!」
 相原はそう叫ぶと、村井を指差した。
「そうに決ってるだろう、今お互いを、女の子に変身させたばっかりじゃないか。」
 それを聞いた相原はいきなり村井にかみついた。
「失礼なこと言わないでよ、あたしはもとから女の子です!」
 意外な言葉だった。真ん丸眼鏡に手を当てながらしばし考え込む村井。
「…おお、そうか、どうやら呪文をかけすぎて、相原、おまえは自覚的にも女の子になっちゃったらしい。」
「だから違うってば!」
 あきれてその場を去ろうとする相原。
「おい、そんな格好で出歩いて、もし正体がばれたら、変態だと思われるぞ。」
「あたしを男だと思ってる、あんたこそ変態でしょ。」
「まずい、相原は本気で自分を女の子だと思ってしまったらしい。これではお互い協力して、元に戻ることができないではないか。」
 誰に聞かせるでもなくそう言って、あせる村井だった。

 そのときやっと、流れてくる白煙に気づいた他の生徒が、魔術の実験場へやってきた。
「おーい、なにやってんの、相原ぁ、天体部のチャネリングセッション、はじまっちゃうよ。」
「あ、ごめーん。今行くから。」
 なんの違和感もなく、返事をする相原。あろうことか、相原は社会的にも女の子になっていたようだ。そのまま楽しそうに他の女子と話をしている。
「ねー、あのブレザーの子、だれ? 見かけない制服だね。」
「あ、あれ、魔術部の村井。魔法の実験で、あんな姿になったんだって。」
「えー、やだー、村井君ってそういう少女趣味だったの? 気持ち悪ーい。」
「ほんと、そうよねー。」
 ちろっと村井に向かって舌を出してから、歩き去る相原。ブレザー姿のまま、独り残された村井。
「なんでこうなるの。」
 いまは冷たい風が、ひゅーと村井の後ろの薔薇の花びらを吹き飛ばすのみだった。
 


 ども、猫野丸太丸です。ぺったんこ座りのあまりの愛らしさに、SSを書いてしまいました。
でもなんか、あほな話だし、気がつけばぶれざー。。。もいます。
 あと、ぺったんこ座りのライバルたる横座りの宣伝を兼ねています、
…我田引水なお話でした。


 

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