「酔っぱらい、ねぃちゃん!」
作・水谷秋夫
おう、ここか。お前の部屋は。
なんだな、男の部屋ってのは、何人も見たけど、誰でもあんまり変わらねえもんだな。つまらんな、殺風景で。ああ、アニメのポスターがあるか。ちょっとお茶目かな。
あ、なんか、やな顔したな。
誤解しただろ。
俺のこと、あっちこっちの男の家に出入りして、ヤリまくってる女じゃねえか、とか。
「男の家へ入るの初めてよ」
とか、言ってほしかったのか? 「ロッキー」のエイドリアンのセリフだな。前にビデオで見たよ。
いや、違うんだよ。
ほんと、誤解だって。
俺ね、実はね、この間まで男だったの。だから、男の部屋なんて珍しくもなんともないの。
お、驚かねえな。
信用してねえだろ。
まあ、いいや。せっかく来たんだ。飲み直そうぜ。
なんだ、この酒。「美少女」っていうのか。どこの酒だ。熊本? 聞いたことねえな。
まあ、結構、いけるじゃねえか。
どこまで話したんだっけ。
ああ、前は男だったって話だ。
いや、本当。
手術したとかそんなんじゃないの。
ある日、目が覚めたら女だったんだよ。
あ、やっぱり信じてない。
まあ、そうだろう。誰も信じなかったもんな。
まだ一年たってないよ。若葉マークの女だ。
俺も信じられなかったよ。
いきなり胸は出てるは、ケツはバーンで、アレはなくなってるし。
顔はね、前と似てる。女顔になってっけど。あれ、モーフィングって言うの? あんな感じ。
本当だって。
酔ってねえよ。俺はそんなに飲んでねえぞ。酔って言ってるんじゃないって。
理由? 知らねえよ。
おおかた、悪いもんでも食ったんだろうよ。
ああ、病院にも行ったよ。保険証持ってよ。
精神科じゃないよ。馬鹿にすんなよ。内科とか婦人科とか。
健康な女性ですって言われた。
ああ、そうかいって。
健康って言われて、あんなにがっくりきたことはなかったな。
なんで女になったんでしょう、なんて言ったら、本当に精神科に行かされそうになったな。それで、いろいろ話して前は男だったってことが信用されると、今度はモルモットにされそうになった。
もう、病院は行かねえ。
いや、前に男だった証拠はいろいろあんだよ。今は持ってないけど。うちのアパート来ればアルバムやら、写真付きの証明書、例えばアマ無線の免許とかね、あるから。エロ本もあるよ。もう俺は見ても興奮しないけど。
大変だったよ。まず学校だな。
やめてないよ。
なんでやめなきゃいけないの。苦労して受験勉強して大学入ったのに。
友達はな、割とすぐに納得した。
そう、男の友達。
いや、そりゃ会った直後に納得はしないよ。でもよ、友達で裏ビデオ集めてる奴が一人いてよ。まだ男だったときに友達五人ぐらいで鑑賞会したことがあんだよ。
そんときの話をしたら一発で信用した。相当細かく話したからな。
事務のおばちゃんにも話した。男の学生の通知票受け取りにきたのが女だから、あんた誰、って言われてよ、説明した。納得してないようだったけど、本人だとは確認してくれた。たぶん、どっかで性転換手術したとでも思ってるんじゃない?
後はな、まあ、普通に女子大生やってる。
女友達もできてよ。彼の気持ちがわかんないなんて、恋愛相談されちゃったよ。
結構、しんどかったのは親だよ。
息子はどうしてるって親が実家から電話かけたら、若い女が出るわけだろ。こりゃなんだって思うよ。いや、ちゃんと納得してもらわないと困るよ。
大変だった。実家行って、ガキの頃の話から始めて、一週間ぐらいかかった。いや、思い出話だけじゃなくてね。親にはわかる俺特有の立ち居振る舞いとかあるからね。ともかく、信用してもらった。
これからどうすんの、とか言われたけど。
卒業して就職するって言っといた。
そうだよ。他にどんな答え方があんだよ。
まあ、良かった。仕送り止まったら、バイトだけじゃ、やってけねえし。
そう、バイトだよ。
お前に言いたいことがあんだよ。
お前、バイト先で俺に妙に優しいだろ。重い物、持ってくれたり、高いところの物取ってくれたりさ。
あれ、困るんだよ。
あの居酒屋さ。バイトしてる女、俺だけじゃないんだよ。
「気があるんじゃない?」とか、からかわれてよ。
え? 本当だって?
あらま。
そうなの。俺のどこがいいの。
「可愛い顔して、俺、俺かぁ」
物好きだね。
「好きになったものはしょうがない」か。
嬉しいこと言ってくれるじゃないの。
でもさ。俺だけに優しいってのはバイト先ではやめてくれよ。
からかわれるだけじゃないんだよ。女って面倒くせえんだ。
体が面倒なだけじゃないんだ。
中には、なんであんたばっかり、なんて言う女もいるんだ。やりにくいんだよ。
いや、そう謝らなくていいよ。
わかってくれたらいいんだ。
まあ、なんだな。お前がビールケースなんか運んでくれるの見てると、ちょっとうらやましいというか、腹立たしいというか。嬉しいけど悔しいとでもいうか。
この前まで俺、男だったからね。その頃は自分もひょいひょいと持てたんだよ。
何だかな。
なんつったらいいのか。
もっと飲もうぜ。さっきから空けてねえだろ。
おっ、そうだ。聞き流しちゃいけねえや。
さっき、嬉しいこと言ってくれたろ。
で、どうだい、俺が男だったって聞いてどう思った。
気は変わったかい?
別に、ってのはねえだろ。まだ信用してねえな。
そう言う問題じゃないって、じゃあ、どういう問題だよ。
関係ねえ、か。確かに俺はお前には女にしか見えねえんだろうな。実際、俺のこと女になってからしか知らねえもんな、お前は。
しかし、ずいぶん、妙な話ししてるのに、あっさりしてるっつうか、動じてないね。
っと、ちょっくらこぼしちまったい。動じてるのは俺のほうか。
え? 酔ってるって? 俺が?
酔ってねえよ。
いや、酔ったかもしれねえな。女になってから、すぐ酔っぱらうようになった気がする。肝臓が小さくなったからかな。
その、なんだ、それで、「可愛い俺」を目の前にしてどうだい、二人っきりでよ。ほら。
酔ってる女をどうこうできないって、卑怯だって、なに遠慮してんだよ。こら。
「……」
「……」
へへ。
どうだい、女からキスされた気分は。
俺か?
そんなに悪いもんじゃないな。
うん。前は男とキスなんて、って思ってたけど、頭の中も、体と一緒に女になってんだな。
だからさ。
俺だってわかってここに来てるんだって。男が一人で住んでるところに、女が一人で行ったらどうなるかぐらい。エイドリアンだって、ロッキーに押し倒されちまっただろ。
わかってるって。
だから、酒飲んで勇気つけて、ここまでついて来てるんじゃねえの。
あのさ。
女にこれ以上言わせるもんじゃないよ。
確かに俺は前は男だよ。
まさか男と……、なんて思ってなかったよ。
でもよ。
好きになったものはしょうがねえだろうよ。
あとがき
水谷です。
角さんのコメントを参考に、ただの酔っぱらいねぃちゃんのたわごとよりも、男と絡ませた方が面白いだろうと思って書きました。楽しんで書けた作品です。
世の中には定番の仮定の質問というものがあります。「三日後に死ぬことがわかっていたら何をするか」「無人島に行くとしたら何を持っていくか」とか、いうやつです。「突然、自分の性別が変わったら」というのもそのひとつです。
実際、性別が変わったらどうでしょう? 自我が破壊されて人格が崩壊する、という考え方から、自分も周囲も割にあっさりと受け入れる、という考えまで、回答は無限にあり得ます。仮定の質問ですから、正答はありません。好みがあるだけです。本作では、あっさり受け入れる方向で書いています。
もし女性になったら……。女性としての性行為には、男性として当然のことながら(?)、強い興味があります。しかし、「女性になったら、男性と恋愛したいか?」と聞かれると、私には答えようがないのです。女性の恋愛感情がどんなものか、まるっきり想像がつかないからですね。だから自分に置き換えて考えることが出来ないのです。
本作を書き上げてから、そんなことを思いました。