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「20年目のサンタクロース」

作:Cindy


 僕が彼女に会ったのは、16才の時だった。
 16才と言えば、高校1年。
 僕の両親は割と厳しい方だったので、ようやく高校受験から解放されたと思ったら、今度は大学受験の為の塾へ放り込まれた。
 その日は全国的に12月24日。クリスマスイブだ。
 両親の「他人が遊んでいる間に…」と言う言葉へ、くそくらえとばかりに、僕は塾近くの公園でさぼりを決め込んでいた。
 そこへ、彼女が現れたのだ。
「おっと、先客か。」
 彼女は、赤いとんがり帽子にコートという、いわゆるサンタルックに身を包んでいた。
 ケーキ売りのバイトか風船配りか、いずれにしても、他では変質者の様な服装も、今日だけは見慣れた服装だ。
 その時の僕は、街のお祭り気分とさぼりの開放感も手伝って、彼女に気軽に声をかける事が出来た。
「君もさぼりかい?」
 僕が言うと、彼女は少年の様にニヤリと笑った。
「何だ、お前もか。」
 彼女は、家の手伝いに狩り出されたらしかった。
 それから僕らは二人して、こんな日に子供を働かせる大人たちをこき下ろした。
 共犯者の様な感覚も、その時の僕らを近付けていたのかもしれない。
「………って言うんだぜ?自分は高校しか出てないくせにさ。」
「あははははっ。」
 今にして思えば、この時僕は相当凄い事を言ったが、彼女は笑い飛ばしてくれた。
「うちの場合は爺さんなんだけどさ、このジジイがまた………。」
 彼女の話に、今度は僕が笑った。
 そんな時間はあっと言う間に過ぎ、やがて塾が終わる時間がやって来た。
「あっ、もう家に戻らないと、さぼっていたのがばれるな。」
「っと、そんじゃあたしも。」
 こんな偶然の出会い、そのままにして置いた方が良いに決まってる。
 でも………。
 僕は手を伸ばした。
「あのさ、明日も会えないかな?…せっかくだし。」
 彼女は公園の入り口でくるりと振り返り。
「ああ、いいぜっ。」
 あっさりOKしてくれた。
「それじゃ、今日と同じ時間にな!」
 彼女の姿は通りの向こうに消えて行った。
 僕は、何だかうきうきした気分で帰路に着いた。


 翌日、父が倒れた。
 働き過ぎの、過労だそうだ。
 病室のベッドで見た父の顔は、妙に痩せて見えた。
 昨日今日、突然になる様なものではない。
 僕は………。
 父の何を知っていたというんだろう?
 少なくとも僕の父は、他人に厳しい分自分にも厳しい人だった。
 僕が見ず知らずの少女に父の悪口を言っていた時も、父は自分の仕事をしていたのだ。
 自分が、恥ずかしかった。
 別に、倒れるまで働く事が凄いとは思わない。でも、だからってそんな父を悪く言う資格が僕にあるのか?
 僕は、父の看病をする母を手伝い、夜になって家を抜け出した。
 こんな気分で彼女に会いたくはなかったが、会う約束をしたのは僕の方だ。
 僕は憂鬱な足取りで公園に向かったが………。
 公園に、彼女の姿は見えなかった。
 ちょっとの間待って、それでも彼女が来なかった事に、僕はホッとした。
 きっと彼女の方も用事が出来たのだろう。また明日にでも来てみれば良いさ。
 僕は家に戻った。
 そして、二度と彼女と会う事はなかった。


 これで僕の話はすべて終わりだ。
 僕はそれからも塾に通いながら、度々あの公園をのぞいたが、彼女の姿はなかった。近くのケーキ屋やおもちゃ屋ものぞいてみたが、やっぱり彼女はいなかった。
 そして僕………私は、無事大学にも合格し、卒業してからは無難な企業に就職した。
 ………あれから20年。12月の24日。
 今でも私は、この日だけはこの公園へやって来てしまう。
 あの日、少し大人になったのと同時に、ここへ何かを置き忘れてしまった様な気がするのだ。
「は〜…。」
 私は白い息を吐いた。寒いと思ったら、ちらちらと雪が降り始めていた。
 雪はゆっくりと、公園を白に染めて行く。
 やがて、24日が終わりを告げた。
 公園の中央にある時計が、静かに午前0時の鐘を鳴らす。
 この時計も、20年前にはなかった物だ。
「ふ〜………。」
 私は軽く息を吐き、踵を返すと公園の出口へ向かった。
 その時…。
「気の早いヤツだなぁ。クリスマスは25日、まだまだこれからだぞ?」
 その声に、反射的に振り返ると、時計の上に一人の少女がたたずんでいた。
 赤い帽子と赤いコート。
「まったく、またサンタクロースが見える様になるなんて、変わったヤツだなぁ。大人になれてない証拠だぞ。」
 私は、何だか胸の中でつかえていたものが、溢れ出して来た様な気がして、自然と笑いが込み上げて来た。
「は………君に言われたくないよ。」
「あははっ、そりゃそうだ。」
 舞い落ちる雪の中、少女は20年前と変わらない笑みで答えてくれた。
「まぁ何はともあれ………今宵、聖なる夜に…。」
 僕らは、声を揃えて言った。

“Merry Christmas!”




《 蛇 足 》

イラストの最後にあった言葉は、ハートフルの様だったので、
「読み終わったら忘れちゃうけど、何だかちょっといい話」を目指しました。
(ホントは、あれはハードボイルドじゃないかって思ったんですけど。笑。)


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