月下転生RX

      作・文責:猫野 丸太丸

    原案:Summer

原イラスト:角さん

(敬称略)


 玄関が開き、「ただいまー、」という声が聞こえた。

「あー、疲れた。」

「うわ、年寄りくさい、せりふ。」

「なんだよ、もう帰って来てたのか、姉貴。」

 高校生の浩平がカバンを定位置に投げ――投げそこなって手前に落としてから食卓に就いた。大学生の姉の奈々美は一人で紅茶を飲んでいたのだが、武士の情けか、彼の前にも紅茶を置いてやる。

「なに、ぼうっとしてんのよ、浩平。」

「べつにぼうっとなんかしてねえよ。」

 浩平は手にしたティーカップの中を飲むでもなく飲まないでもなく、夕方のニュースを眺めていた。

「じゃあ落としたカバンを拾いなさいよ。」

「かったりー、あとでやりま、す。」

ら。浩平がこんな感じでいるときって、たいてい風邪の引きはじめよ。どれどれ、」

 奈々美が、浩平の額に手を当てた。

「ん? どうしたの?」

「…、冷たあい。死体みたい。」

「おかしなこと言うなよ。」

 浩平は奈々美の手を振り払おうとしたが、その手は力なく垂れてしまう。

「なによあんた、やっぱり病気じゃない? …ん、なんだろ。」

 浩平のことをじろじろ見ていた奈々美が、浩平の身体におかしなものを見つけた。襟もとを分けて、浩平の胸のところにあったそれをつまんでみせる。

「痛てててててて。」

「痛いってこれ、身体にくっついてるの? ファスナーだよ、これ。」

 奈々美は浩平のYシャツのボタンを全部外してしまうと、鎖骨の間からへそまで続くうっすらとした切れ込みをなぞった。

「ちょっと、やだ、これ本当にファスナーだ。バっカでぃ、こんなもの、ふつう背中に付けるでしょうが。」

「ふつう人間には付いていないと思うんだけどな。でもいつこんなもの付いたのか、ぜんぜん記憶にないぞ…、うわ、やめろ。」

「ほれ、びぃいい。」

 奈々美はなんのためらいもなく、ファスナーを一気に開いた。ぷしゅ、という音がした。

「わあっ、やめ、はにほへひれたれ。」

「あらら、浩平が縮んじゃった。」

 ファスナーを開いたら中は空洞だったのだ、浩平はヘビの抜け殻のようにくたくたになってしまった。薄皮な浩平を、奈々美はつまみあげた。

「ぶべらへりほれ。(なに考えてんだー、姉貴。冗談じゃないぞー。)」

「冗談なのは、あんたの身体よ。呆れた、あんたって、頭だけじゃなくて身体も空っぽだったのね。」

 奈々美は抜け殻浩平をしばらくひらひらさせていた。

「これじゃ、会話もままならないか。このままこのバカを放っておくわけにもいかないし、どうしようかな。そうだ、うふふ。

 奈々美は思い立って浩平を風呂場まで引きずっていった。浩平を脱衣かごに引っかけると、なぜか自分が風呂場に入る。しばらく、シャワーが流れる音が聞こえた。首のところから下に折れ曲がっていたので、浩平には様子が全然見えない。

「はにほにへれひ。(姉貴め、この非常事態に、のんきに風呂か? 薄情者! はれ?)」

 皮を思いきり引っ張られる感覚、ファスナーがふたたび閉じられる感覚。そして浩平が気づくと、彼の身体にはしっかりと骨が入っていた。さっき縮んだせいで服が脱げてトランクス一丁になってしまっていたが、それ以外はどうやらもとどおりだ。

「おうっ、身体が戻ったぜ。おーい、姉貴、もとに戻ったぜ。あれ、姉貴?」

 浩平は見回したが、奈々美はどこにもいない。脱衣かごに奈々美のスエットシャツが入っているところを見ると、たしかにここにいたはずなのだが。まさか?

 浩平はおそるおそる胸のファスナーをまた開こうとした。その途端、浩平の右拳が自分自身のあごにヒットする。

「開けるな、スケベ。」

「わああっ、姉貴、中に入っているのか!」

 どうやら奈々美は、浩平の抜け殻を着込んで、中に入ってしまったようなのだ。浩平はあまりの事態に気絶しそうになったのだが、「そんなことをしている暇はないのだよ、浩平くん。」と、奈々美が手足を突っぱったおかげで倒れずに済んだ。奈々美が浩平の内面から話しかけた。

「とりあえず浩平の皮、汗臭くてしょうがないの。あんたもシャワーを浴びなさい。」

「へ…、へいへい。」

 浩平はシャワーを浴びている間中、姉の女体を意識して身体が反応してしまわないよう、必死で自制心を保っていた。

 浩平は自分の内面の奈々美に向かって話しかけた。

「この非常識。」

「しょうがないじゃん、手芸用のパンヤ(詰め綿の一種)もないし、とりあえずつっかえになるのって、自分の身体くらいしか思いつかなかったんだから。」

 どういう仕組みか、姉は浩平の唇を使って器用にしゃべった浩平はもう、姉に操られている感じが非常にむかついた。

「いーやきっと面白そうだから、入ったんだ。」

「聞こえてるぞー。」

「他人の頭の中を覗くな!」

 奈々美と合体した浩平は、チノパンとユニクロのシャツに着替えて、食卓で紅茶の残りを飲んでいた。浩平は自分の身体をなでてみる。奈々美は体格的に浩平よりひとまわり小さかったとはいえ、体型が全然違う人間が入っているのに、外見はまえの浩平とまったく変わらない。

「さ、紅茶を飲んで落ち着いた? したら、なんで自分の身体がこうなったか、とっとと思い出してみなさい。そのことを聞き出すために、身体まで貸してやってんだから。」

「こんなことの理由なんか、思いつくかよ。」

「昨日はこんな身体じゃなかったんでしょ、今日一日の行動を思い出したら。」

 浩平+奈々美はしぶしぶ考えた。中身が奈々美だからか、普段の浩平よりは頭が回る。

「朝着がえたときは、こんなファスナーは付いてなかったさ。体育の時間も、大丈夫だった。帰りに、新装開店のサ店に行って、コーヒー飲んでたらうっかり寝ちまって、気づいたら夕方になってたんで慌てて帰って来た。あ。」

「それだわ。」

 奈々美が、探偵よろしく父親のトレンチコートを着て行くのだと言い張ったり、よくわからない物を詰めたトランクを持って行くことを主張したりしたので、奈々美in浩平が家を出たころには、すっかり日が暮れていた。

「浩平、ちゃんとその喫茶店の場所、憶えてるんでしょーねー。」

「心配すんなって。ほら、ここだ。」

 浩平はとりあえず、その喫茶店の周囲を調べて回った。入り口が狭い割りには奥行きが深く、思ったより広い、しかし高い塀に裏口は全くない、まるでお屋敷の玄関だけを喫茶店に改造してあるかのような、おかしな構造の家だった。閉店した喫茶店を窓から覗きこんだとき、薄暗い店の中に、白いふわりとした物がただよったように奈々美には見えた。

「で、これからどうする?」

「うん。正面突破。」

 奈々美がいきなり正面の呼び鈴を押したので、浩平は慌てた。

 5分も待っただろうか、浩平が中には誰もいないのかといぶかしんだころに、年老いた男の声がした。

「はい、なにかようですか?」

「ええ、今日の夕方にこちらに忘れ物をしたもので、取りに参りました。」

 (もちろん声色は浩平になってしまうのだが)すらすらと奈々美が答えた。

「どうぞ。開いております。」

 浩平が扉を引くと、不用心にも喫茶店の扉は開いていた。ランプをかたどった電灯が2つ3つ点いた店内を見渡すと、カウンターの向こうの戸が開いていて、さっきの老人がこちらを手招きしている。

「店の椅子は全部裏返してしまったですからな、居間の方へ、どうぞ。」

「どうする?」

「行きましょ。」

 浩平は勇気を出して、トランクを引きずりながらその老人について行った。

「姉貴、内股で歩くなよ。オカマかと思われるだろ。」

「じゃあ自分で歩けば。ほい、1、2、1、2。」

「静かにしろ。じいさんがこっちを見たぞ。」

 どうやらその家は本当に広かったらしい、浩平は随分歩かされた。(「ぐるぐる回らされただけね」と奈々美がつぶやいた。)応接間に着くと、そこは南側が大きな硝子板のサン・ルームになっていて、シュロやツバキの樹々でうっそうとした中庭が見渡せた。夜空には満月がかかっていた。

 浩平は藤の椅子に座り、老人の出方を待った。

「コーヒーを淹れて差し上げましょう。」

「あ、どうぞ、お構いなく。」

「喫茶店に来て、お構いなくもないでしょう。」

 お盆を持った老人はククッと笑って、部屋を出ていった。

「よし、チャンスよ。屋敷の中を、調査しましょ。」

「待て。庭のあれ、なんだ?」

 浩平が指差す方を見ると(目は浩平のもの一対しかないから、奈々美は意識を向けるだけでいいのだが、)そこには紅と蒼の毛氈を組み合わせて作った祭壇があり、左右対称に1ダースのろうそくが灯っていた。祭壇の中央には3フィートほどの長さのねじれた木の枝が飾ってあった。

 浩平が硝子越しに見ていると、樹々の向こうから二人の男が祭壇の方へやってくる。一人は引きずるほど長い黒マントと金色に輝く仮面を付けたじつに怪しげな格好をしており、もう一人は高校生くらいで、眼差しは催眠術にかかったようにどろりとしていた。

仮面の男が祭壇を背に立つと、高校生は男の前にひざまずいた。

 仮面の男は朗々と話しはじめた。

「真実の自分に逢いたいか。」

「はい。」

 高校生が意志のない声で相づちを打つ。

「本当の気持ちを顕わしたいか。」

「はい。」

「汚れた外面を脱ぎ捨て、美しき真心を取り戻したいか。」

「はい。」

「おまえは生まれ変わる。怖れることなく、己の内なる宇宙をさらけ出すのだ。」

 男が高校生の衣服を引き裂いた。背後の木の枝にくっついていたものをむしり取ると、高校生の胸に貼り付ける。月の光が集まって、サーチライトのように祭壇を激しく照らしはじめた。

「見給え! その無垢な瞳でこの世界を!」

 男は腰にひもで結わえてあった黒曜石の刃を右手に握ると、高校生の胸から腹を割いた。

 傷から薄い色の体液が飛び出し、高校生の手足は、たちまちしなびてしまった。そして中から現われたのは、高校生よりずっと小柄な、白い人の形をしたものだった。その背中には、昆虫のような2枚の羽が生えている。妖精のようなその人影は、いままで着ていた人間の皮を胸元にきゅっと寄せると、不安そうに震えた。

 するとさっき浩平を案内していた老人が現われ、妖精から抜け殻を剥ぎ取った。そのすきに仮面の男はいやいやをする妖精をむりやり、別室へと連れて行く。後に残された老人は抜け殻のファスナーを閉めると、興ざめなガスボンベにつながったホースで抜け殻にガスを注入した。抜け殻はたちまち膨らんでもとの高校生の形を取った。ガスの働きによるものか、高校生はなにごともなかったかのようにバランスを取り戻し、脱げた衣服を着ると、ふらふらと庭の反対側へ歩いていった。

 奈々美もさすがに驚愕して微動だにできなかったが、ようやく声を出した。

「なるほど、浩平くんもああやって中身を抜かれちゃったわけね。じゃ、中身を取り戻せばもとに戻るかな。」

 奈々美は気負いこんで「さっきの妖精の行った先へ行こう!」と言ったのだが、どうしたことか返事がない。

「もしもーし、浩平くーん。あれれ?」

 浩平の足はかってに動き出すと、すぐ近くの廊下からサッシを開けて庭へと出てしまった。そのまま中庭の敷石に沿って進み、祭壇の前へと導かれる。奈々美が体内で抵抗するが、びくともしないのだ。そのとき、黄金仮面が戻って来た。浩平を見て、にやりと笑う(目を剥き舌を出した形の仮面自体が、さらに笑ったのだよ!)。

「おお、我がコーヒーを味わったものがまた一人、導かれて来たか。」

「ああ、浩平の馬鹿、また操られちゃってるのね。」

 黄金仮面がさっきと同様に、祭壇の前に立った。月の輝きで、ろうそくの光が見えないほどになる。

「我が名はトラチノリ。月の光の引力によって、醜い人間よ、生まれ変わるが良い。」

 こんどはすぐ近くにいたのでよく見えた、トラチノリが枝から採っているのは、蛾の蛹だったのか。トラチノリは蛾の蛹を浩平の胸に貼り付けようとしたが、既にファスナーが付いているのに気づいて一瞬とまどった。

 トラチノリは老人にわけを聞こうとしたが、あいにく老人は戻ってこない。月が雲に隠れてはだいなしだ、トラチノリは諦めて、浩平のファスナーを開いた。月の光は、火花を散らしかねないほどだった。奈々美の背中がむずむずして、奈々美はもう一刻も早く外へ出たくなる。

「…見給え! その無垢な瞳でこの世界を!」

 ここで中身が青白い妖精なら、トラチノリの意のままだったろう。しかしいま浩平の中に入っているのは、怪しい中国拳法を習って10年、弟を泣かして17年、転んでもただでは起きない大学生、奈々美様なのであった。奈々美はあっという間に浩平を脱ぎ捨てると叫んだ。

「スキあり! 正拳!!」

 奈々美は右拳で黄金仮面を上からぶっ叩いた。倒れこむトラチノリ。その仮面の下が月光のもとに晒された。

 トラチノリ、その素顔は、円筒形の硝子の培養槽が、頭の代わりに肩の上に載っているのだった。培養槽の中には脳髄が浮かんでいて、むき出しの眼球が一対、硝子越しにこちらを睨んでいた。

「おお、おお。あからさまに妖怪変化じゃん。でも、自己啓発な呪文も相手が悪かったね。ご愁傷様。」

 奈々美が躊躇なくトラチノリの顔を蹴り上げると、祭壇の置き物にぶつかった培養槽が割れて、トラチノリは悶絶した。奈々美は脳髄のこぼれたトラチノリが生き返ってこないかしばらく眺めてから、右腕に垂れ下がった浩平をくるくると巻き上げると、応接間に戻った。正気に戻った浩平がなにやら言っている。

「ぼぐばげべげば(殴るときに、俺の右腕だけ脱がないでグラブ代わりに使ったろ? 痛かったじゃないか、この自己チュウ!)」

「助けてやったのに、そういう言い方はないでしょ。」

 奈々美は持って来たトランクを開け、下着を取り出すと着替えはじめた。浩平はうっかり表向きになっていたため、奈々美の姿を見てしまった。

「ぶぐたへらへあ!(あ、姉貴、まさか、ハダカで俺の中に入っていたのか!)」

「そうよ。下着がごわごわして、どうしても浩平を上に着られなかったから。こら、こっちを見るな、ドスケベ!」

 奈々美は足の指で浩平をちょい、とつまむと、裏返した。

「づぶへれ!(スケベはどっちだ!)」

 奈々美は黒い中国拳法道着を着たが、背中が妙につっかえる。背中に手を回した奈々美がうめいた。

「うーん、なんだかとんでもないことになってる、あたしの背中に羽が生えてるぞ。怪しい月の光を浴び過ぎたか、それとも浩平の中に馴染んでいるうちに蝶みたいに変態しちゃったたのか。まあいいか、これはこれで便利そうだし。」

 奈々美は道着の背中にソーイングセットで穴を空けると、そこへ乳白色の羽を通した。

「さて、妖精さんたちのところへ行こうか。」

 右手に抜け殻浩平、左手に浩平用の道着をぶら下げた奈々美は、サンルームをふたたび出た。さっきの妖精が引っ立てられたほうへ歩いて行くと、果たして地下へ降りる階段を見つけた。体液が垂れているので、妖精が通った跡だと分かる。

 地下室の奥の扉は、喫茶店どころか食堂の食品貯蔵庫のようだった。その重い扉を開くと、なかには、

「うっわー、妖精がいっぱい。うずくまってるからよく分かんないけど、20人くらいいるんじゃない。こら浩平、見える? あんたの中身はどの子?」

「ぐヴふぁあ。(分かるわけないだろ! 折りたたまれてちゃ、ほとんど目が見えないんだ。)」

「あ、そう。」

 奈々美が部屋の中を進むと、背中に羽があるので仲間だと思ったのか、妖精たちはおとなしく道を開けた。

「びぐふあ。(そんなにたくさん妖精を作って、どうするんだ?)」

「この子たち無垢らしいからね、外国かサーカスにでも売っ払うんじゃない。」

「へろべろふが。(おー、怖わ。で、どうやって俺を探す?)」

「じゃ、呼んでみようか。こんにちはー、浩平くんはいませんか?」

 奈々美がそう叫ぶと、なんとあっさり、部屋の奥でその声に反応した妖精がいる。

「お、お姉ちゃん?」

 そのか細い声を聞いた奈々美はにっこりした。

「はーい、浩平、ちゃん!」

 奈々美が近づくと、その妖精はまた「お姉ちゃん」と呼んで、泣きそうになっている。

「懐かしー、幼稚園時代の浩平の泣きかたにそっくりだ。あんた、浩平の中身だね。」

「こくん。」

「『こくん』だって、ぶりっ子だ! …そのうえあんたってば胸が出てるぅ、女の子じゃないの! こんなのが浩平の内面だったのね、泣き虫なのも道理だわ。」

「こくん。」

 はあ、素直ねえ、と言いながら、首にかけたタオルで妖精の涙を拭いてやる奈々美。様子の分からない浩平がまたうめいた。

「ぐぶはてれ。(そんなことはいいから、早くなんとかしてくれ!)」

「うっさいわねえ。いま着せてあげるわよ。ねえ、妖精の浩平くん、これなんだか分かる? これを着てくれないかな。手伝ってあげるから。」

 妖精の浩平は少し嫌がったが、奈々美の笑顔に安心したのか、素直に薄皮の浩平を受け取った。

「むぐむぐ、ほわっ。やっと本当に復活したぜ。サンキュ、姉貴。」

 4時間ぶりに自分の思い通りになる身体になって、喜ぶ浩平。

「お、素直だな。内面を出したせいで、自分にも素直になったかな? と、おしゃべりしている暇はなさそうね。」

 気づくと、喫茶店の老人(でも口に牙が生えている)と、豚面のモンスター数人が、部屋の入り口でこちらを見ていた。なんと生きていたのか、その背後には新しい培養槽を肩に載っけたトラチノリまでいる。奈々美は道着を着終わった浩平に言った。

「浩平、また化け物だよ。じゃあ、あれやろっか。」

「はいはい。平和的解決は望めないわけね。」

 逃げる意志くらいはあるのか、老人が叫ぶと妖精たちは部屋の隅に身を寄せ合った。豚男たちが浩平と奈々美のほうへ走り寄ってくる。浩平と奈々美は背中合わせに立った。

「全部で6人。囲まれるなよ!」

「オーケー!」

 豚男たちに触れる直前、二人はその視界から消えた。

「東方!」「不敗!」

「王者!」「之風!」

「全新!」「招式!」

「石破!」「天驚!」

「看招!血染東方一片紅!」

 その町で有名な中国拳法姉弟にケンカで勝てる奴はいない、その噂をトラチノリが耳にしていなかったのが、災いしたのだった。

 翌日から、妖精たちから住所を聞き出してもとの持ち主に返すという気の遠くなるような作業が始まった。なかには、「身体を戻してくれてありがとう」とか言ってお礼のお菓子の詰め合わせをくれる呑気な人もいたが、ほとんどは浩平たちの骨折り損だった。

 いまも、ただひとりどうしても引き取り手の見つからなかった妖精と奈々美の二人が、なかよくクリームシチューを作っている。奈々美の白い羽が蛍光灯に照らされて虹色に光った。

 そう、居候の妖精はもちろん、奈々美の背中からは羽が伸びたままだったし、浩平の背中もよく探れば、背中の皮の下に羽が折りたたまれているのが分かる。こんどは我が家がとんだ妖怪屋敷になってしまった、と浩平は思った。塩を振りながら奈々美が言った。

「しっかし、あの浩平の中身って、かわいかったよねー。どうしたらこんなひねくれた弟になるのかな。」

 浩平は自分の胸のファスナーをいじりながら言った。

「本当の自分だの素直な内面だの、そんなのをナマで出してたら悪い奴に利用されるのが落ちさ。その点俺は、この硬い皮も自分のうちと思ってるんだ、これで充分、充分。おい姉貴、あんまりコショウを入れるなよ。こないだそれで失敗しただろうが。」

「そんなこと言うなら、あんたも手伝いなさいよー。あ、妖精ちゃん、お大根のカツラ剥きうまいねー。もしかして正体は板前さんかな?」

「ぷるぷる。」

 浩平はまあ、いいか、と思った。しかし本当にいいのだろうか? たとえば不死身のトラチノリの復讐の可能性は?

「そうだ、こんど妖精さんと浩平と3人で、妖精が似合いそうな高原へピクニックに行きましょうか。」

「なんだって、俺は行かねーぞ。」

「もちろん、あんたじゃなくて、あんたの中身だけ連れて行くのよ。」

 それが冗談だとは分かっていたが、浩平はぞっとした。このところ毎晩、寝ているうちに誰か、ていうか奈々美が自分の中身を連れ出したり、代わりに浩平の中に入ったりしていないか、浩平はいつも取り越し苦労な恐怖にかられるのである。まったく、自分の内面を信用できないのがこんなに不安だとは思わなかった、と浩平が心の中で思うと、「うん。ボクもそうおもう」と浩平の中身が相づちを打った。


こんにちは、猫野丸太丸であります。今回は、
Summerさんの「エンドレスストーリー」で流行のアイデア「かぶりもの」であります。

かぶりものは、最高です。このアイデア、想像しただけで楽しいです(猫野って変)。

そしてじつは角さんの「月下転生R」のSSであります。ホラーが存外難しかったので、
ホラーコメディにしてみました。みなさまに気に入って頂けるかどうか…。

つくづく「奈々美」って変な奴だし(名前がパロディだし)。



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