とある下町の、私鉄とちいさな路面電車の乗換駅前に伸びる「日庵寺駅前商店街」――その横丁のひとつである
「春日横丁」を舞台に、五人の女子中学生と一人の女子小学生、横丁や商店街の人々がくり広げるほのぼのとしてどたばたな、ほんのり百合色な日常を描いた物語。
第1話 ほどける 夕暮れ
10月28日
10月末の、ある日の夕暮れ。自宅のお茶屋《初葉園》のお店番をしていた一之江 初穂は、幼馴染の十河 薫の訪問を受ける。
お店のお試し飲みの注文を受けて、薫にお茶を淹れる初穂。けれどもしかし、薫ちゃんの様子はちょっとへんてこで。なにか、初穂に伝えたいことがあるようで。
その、薫の願いを聞いたとき、初穂の胸にもへんてこなどきどきは伝染してしまって――
「ちょ、ちょっとまって薫ちゃん、ちょっと!
ひとがみてる、ひとがみてるってば……!」
おためし読み
第2話 どぎまぎチャーハン
10月31日
土曜日の午後、喫茶軽食《千里食堂》。千里 桐香は眼鏡の中で、ご機嫌ななめに眉をひそめていた。
通りから聴こえてくる、威勢のいい客引きの呼びかけの声。その主はまがいもなく、幼馴染の無駄に元気なあいつ――万屋 みなみであり。
呑気で元気なみなみと、どうにも素直になれない桐香の、少々波乱含みな休日のひととき。
「……少し怒ってないわけじゃないけど、特別に許してやらないこともない――
って、そういう目で見るのやめなさいよ! ああもう、怒ってないから!」
おためし読み
第3話 はじめての このよるに
11月 5日
やってきた、約束の木曜日の夜。
初穂は定休日の《十河理髪店》の戸を開ける。一週間ずうっと抱き続けた、胸の中のどきどきとともに。
薫ちゃんの、「はじめて」の相手になるために。
一方、向かいの《千里食堂》には、桐香とみなみ、そして花屋の百川 桃子が集っており――
「すごく、いい感じがする。初穂がよかったら、もう、はじめられる。
初穂が大丈夫だったら、その――いつでも来て」
第4話 おーたむ・はーべすと 春日横丁日報集(1)
11月7日〜12月5日
■土曜日の午後、千里食堂にお店用の茶葉を届けにきた初穂は、桐香がいつもとはちょっと違う表情を浮かべているのを見る。桐香の手の中には、花の活けられた花瓶があり――(11月7日・『花のある午後に』)
■桃子に頼まれて、百川家が借りている畑に収穫の手伝いに訪れた初穂とみなみ。気になるその作物はいかに。(11月14日・『おーたむ・はーべすと』)
■早朝の横丁、寝巻に上着を羽織っただけの恰好で誰もいない路地に出た初穂。けれども、そこには思いもかけない先客がいて。(11月21日・『ある日の朝の横丁で』)
■商店街の卓球場、桐香VSみなみ。この一年恒例になった、宿命の対決。立会人をつとめる初穂たちの見守る中、二転三転するその勝負の意外な行方は――(12月5日・『ぱーさす!』)
春日横丁の面々の、日々の一コマを切り取った日報(短編)集。
「桐香ちゃん、なにかいいことあった?
今週、なんかうれしそうだったから」
おためし読み
第5話 二メートルの冒険
11月20日〜11月21日
学校からの帰り道、みなみを相手にいつもよりも派手なケンカをしてしまう桐香。ここのところお店の戦力になれるようにと練習して、失敗しているオムライスのことが原因だった。
その夜、後悔と自分への苛立ちと、それからとある理由で眠れずにいた桐香の二階の部屋の窓を、こん、こん、と外から叩く音が聞こえて――
「ねえ、きりかー。おじさん、もう寝てる?
そっかあ―― ちょっとさ、こっち来ない?」
おためし読み
第6話 花とボールと秋の空
11月27日〜11月29日
地元女子野球チームに属する、百川生花店の次女・藍。次の日曜日のリトルリーグの試合ではじめて先発出場が決まり練習にはげんでいた藍は、当日お店の手伝いの都合で家族が見に来られなくなったことを知り、姉の桃子を怒鳴りつけてしまう。
そのことを後悔しながらも翌日、謝れないまま試合に向かい、安打もないまま最終回の守りについた藍だったが――
「今日はわたしが、百川生花店の代表選手なのです」
おためし読み
第7話 嵐は聖夜の前に
12月14日〜12月25日
もうすぐクリスマスの、うきうきした気分の商店街と横丁。けれどもそんな中、初穂と春日横丁の面々は、薫の様子がすこしおかしいことに気づく。
理由をたずねようとする初穂だったが、ちいさな誤解からはじまった気持ちのボタンのかけちがえは、ふたりと春日横丁にいつにない騒動をもたらすのだった。
「ごめんね、まだ、わからないんだ。薫ちゃんが、どうして
――ううん、わたしが、なにをしちゃったのか。
おためし読み
第8話 千里食堂細腕繁盛記 春日横丁日報集(2)
12月12日〜1月18日
春日横丁日報(短編)、第二集。千里食堂の娘の桐香と、万屋金物店の娘のみなみの、ちいさな四つの物語。
■お使いで、向かいの千里食堂にポインセチアを届けにきた百川 藍。おだちんのコインを握りしめ、彼女ははじめての試みを口にする(12月12日・『ぐりーん・あふたぬーん』)
■クリスマスでてんてこまいの千里と、千里食堂。そこに現れた、百人力の助っ人の正体は(12月25日・『千里食堂歳末細腕繁盛記』)
■百川家でのお泊り明けの、三が日最終日。桐香VSみなみの、毎年恒例宿命の対決。(1月3日・『ぱーさす! 新春編』)
■奇妙な夢を見て、みなみの顔がまともにみられなくなった桐香。だがしかし、その夢はもしかして現実に……?(1月18日・『冬の微熱の日』)
「動かないで――――桐香」
おためし読み
第9話 お泊りと湯けむりと
12月28日〜1月3日
除夜の鐘が静かに響く、日庵寺の駅前、春日横丁の大晦日の宵。桃子の家を訪れた薫と初穂は、炬燵で寝こけている桐香とみなみと藍を目にする。
やすらかな三通りの寝息が響く中、桃子は初穂たちに、お正月の『お泊り会』の提案を持ちかけるのだった。
「薫さんが初穂さんの髪を洗っているところ、わたしも拝見したいのです。
いかがでしょう、今日、いま!」
おためし読み
第10話 ひみつのホリディ
1月23日〜1月24日
土曜日の学校帰り、初穂は薫にもじもじとひとつのお願いをする。それは、初穂の生涯のただ一度の、はじめてのお買いものの付き添い。
どぎまぎしつつ引き受ける薫――けれども、当日に待ち構える思わぬ波乱を、まだ彼女は知るよしもない。
そして初穂もまた気づく。自分の胸の奥に、いつのまにか育つ想いに――
「脱いで、初穗。
あっ……ええと、違う、その、靴っ」
おためし読み
第11話 バレンタインの距離
2月8日〜2月14日
バレンタインも近い、すこしうわついた雰囲気の春日横丁の面々。
しかしそんな中、桐香の家の玄関の蛍光灯を手伝いで換えようとしたみなみは、脚立が倒れて脚を傷めてしまう。
心配する初穂たちだが、みなみはその日以降皆の前にも、そして桐香の前にも姿をあらわそうとせず――
「私、ね。
どうしても、がまんできないことが、あるんだけど」
おためし読み
日報7 ほろ酔いラプソディア
1月29日
七瀬文具店の眼鏡のお姉さん、七瀬 鈴梨。今夜も今夜とて鈴梨さんはお酒を飲みに、路地の向かいの居酒屋の暖簾をくぐる。けれども今宵は、お店の若女将、幼馴染の宗像 しずゑの様子がちょっとだけ違っていて――
商店街の片隅の、今回はすこしだけ大人なラプソディ。
「ましょう、の、おんな? 桃子ちゃんがですか?」
おためし読み
日報8 湯気と肌と宵の口
2月3日
「ちわっす! きりかー! こんばんはー!」
景気のいい声とともに、みなみが引き戸を開ける。呆然とする桐香の前で、一糸まとわぬまるはだかで。
千里家のお風呂を舞台にした、とある冬の日のひと騒動。
「桐香とふたりのときだけにするからさ、こういうのは」
おためし読み
日報9 続・湯気と肌と宵の口
2月5日
旋回の約束通り、ふたりで銭湯・松の湯にやってきた桐香とみなみ。
どうにも意地を張ってしまう桐香と、桐香相手だとついついいたずら心がおさえきれないみなみ。立てた人差し指の先を、みなみは桐香の髪に、泡だらけのうなじに近づける。
「んっ、ぁっ、んっ、ぎゃぁぁあああっ!?」
おためし読み
日報10 宵雨と雨あがり
1月12日
雨の降る午後7時過ぎの商店街。銭湯・松の湯の入口のあるコインランドリーを訪れた薫は、同じく洗濯ものに訪れていたみなみと会う。
洗濯物が乾くまでの、すこしだけどぎまぎした、ふたりのひととき。
「そういや、あのあと初穂とはどう?」
おためし読み